第15章 明かされる謎、そして終焉

□1996年 1月7日 15時00分 病院

「おめでとう―――」
「おめっとさん」
「おめでとうございます」
十人近い人々が、狭い病室に集まってそれぞれに祝福の言葉を言う。
ここは、サワダの入院する病室。戦いを終え、傷ついた傭兵達が集まり、体と心を癒しながら宴を催す―――その目的にはもっともふさわしい場所かもしれない。

「明日には退院出来るそうです。でも、昨日の夜抜け出したのはしっかりと看護詰め所にはばれていたみたいです。今朝、思いっきり怒られました」
「まあ、仕方がないよな、世界平和が掛かっているんだから、君は精一杯入院規則を守ろうとしたが、少しだけ守り切れなかった、それだけのことだね」

「デスビスノスも倒したし、赤阪専務も眠りから覚めたし、よかったよかった。一時は永遠に目覚めないかと思ったけど、あっさりと目覚めたからかえって拍子抜けだったよ」
「そりゃ、会社でも居眠りしてたことなんて一度も無いでしょ、矢野君とは違うんだからぁ、だから、事情で気を失っても、矢野君みたいに何日も寝続けたりはしないわけよぉ」
「せっかくだから、デスクリムゾンのムービーでもかけるか、セガサターン、起動」
「アオーン、フギャー」
「何度聴いても、この出だしは馴染めないな」
「ちょちょちょっと待って下さい、私を置いてオープニングを見るなんて反則ですよ」そういいながら、せいじろうが現れた。
「今日は特別です。生ボイスで越前の声をやります」
「せいじろう、キミは越前の記憶はすべて忘れたんじゃないのか」
「そうです、だからこのデスクリムゾン、散々やり込みました。今では気持ちは完全に越前康介です。女性の扱いは苦手、好きな食べ物は焼きビーフン」

「それは十年前のことであった」
「カタカタカタカタ」
「デスくりむぞーーーン」

「ダニー、グレッグ、生きてるかぁ」
「ああ、なんとかなぁ」
「上から来るぞ、気をつけろよぉ」
「なんだぁ、この階段は―――とにかく入ってみようぜ」
「こうして越前康介はクリムゾンを手に入れた」


「何がこうしてだぁ、はしょりすぎだ」
「今となっては全て解るが」
延々と続く喧騒の中をマナベが話し掛ける。

「みんなご苦労だった、これからもエコールはゲーム制作を続ける。明日からはまたすばらしいゲームを作れるように毎日頑張ってくれ」
「アイアイサー」

「では、あれをやるか、ラジオ体操第一、よーい」
体操をしながら、話し掛ける。

「赤阪専務、これからどうする」
「しばらく、風水の勉強に屋久島に行って来るわぁ、今回、風水がもうちょっと強力だったらもっと簡単にデスビスノスを倒せたと思うの、だから、風水にさらに磨きをかけておくわぁ」

「サワダ課長はどうする」
「明日から早速出社します。例のムサピィのみらくるデス魔宮を完成させます。まだ思考ルーチンが軟弱なので、強化します」

「キタムラさんはどうする」
「新しい作品の声優の主役の仕事が決まりました。メイド地獄冥土のお土産屋さんと言う作品です、完成したら買って下さいね」

「せいじろうは」
「今からキューピーの声の収録です」
「だれも越前とキューピーの声が同一人物とは気がつかないな」

「では、ここで解散―――」


□1996年 1月7日 22時00分 エコール社内

「楽しい宴会だった。病室でやる宴会は酒は飲めないし、大声も出せないが、なかなか風情があっていい」一人、会社に戻るマナベ。

エレベーターに乗り、24階のボタンを押す。エレベータがゆっくりと上昇を始める。
「チンジャオロースを食べに49階に行ってたのが懐かしい、もう1年も経つのか―――そういえば、この1年は全く銀河飯店に顔を出していなかったが、明日にでも久しぶりに覗いてみるか」
そう言いながらエレベータの表示を見つめるマナベ。
14階、15階、16階―――エレベータは順調に上昇を続ける。
「このまま24階で止まらず、49階でも止まらず、1500階くらいまで上昇を続けたら怖いだろうな。外は見えないわけだし、宇宙まで到達していても不思議ではない」

―――急に不安がマナベを襲う。

「デスビスノスは倒した、だがそういえばなんだかすっきりしない。何か大事なことを見落としているような、こんなことなら赤阪専務に風水で占ってもらっておけばよかった」
24階にエレベータが到着し、ドアがゆっくり開く。
突然、頭を激しい恐怖がよぎる。
「何か違う、何か間違っている、解決したと思っていたが、罠にはまっているだけ―――」頭の中を文字が駆け巡り消える。

コロスよりコロサレろ
コロサレることがコロスこと
コロサレないことがコロサレルこと

―――突然、マナベは不安の正体に気づく。
確認するためにこれまでに何千回も歩いたエレベーターから会社への入り口を確認するように歩く。

「1,2,3,4,5,6,7,8―――」
ドアの数を数えながら歩く。あと10秒でエコールの入り口に到達するはず。
「9,10,11,12,13,14」

「今まで何で気がつかなかったんだろう、エコールまでの扉の数は元々13個のはず、絶対に扉が1つ増えている」

「怖い、怖い、怖い―――」
恐怖を押し殺しながらエコールソフトウェアと書かれたドアを開けるマナベ。
ゆっくりと中に入り辺りを見渡す。
「何も変わっていない、ここがエコールの事務所であることは間違いが無い」
しかし、恐怖はマナベを激しく追い詰めて行く。
絶叫しながら机に置かれた銃を手に取り廊下を走りエレベーターホールに向かう。
そして、エコールに続く廊下を走り、扉に向かって蒼い銃を発射する。

1、2、3―――扉は何も起こらない。
しかし、絶対にこの扉のどれかがあとから付け加えられたもの、デスビスノスに感じた恐怖の数十倍もの恐怖がマナベを襲い、息がつまり呟くことも出来ない。
そして、13個目の扉を撃った時、扉が黄色く光り、崩れ落ちた。
なぜ黄色なんだ。微かに心の隅っこで感じた。

エコール事務所の扉を右目で確認しながら、吸い込まれるように部屋に入るマナベ。そして―――

「スナブリン、何てことだ―――」
部屋中にスナブリンが溢れかえっている。大きさもまちまちだが、数十匹のスナブリンがマナベに向かい、吐息を投げ掛ける。

「マナベ社長、お待ちしてましたよ」
ひときわ大きいスナブリンが声を掛ける。
「やっと来ていただけましたね。これで宴会が開けます」

「宴会を開くって、もしかすると何万年も俺を待っていたのか―――」
「それは大きな勘違いです。あなたは自分を過大評価しすぎる、それがあなたの良いところで悪いところでもある。あなたは自ら語っている通り、凡人の代表でしょう。その凡人の代表を何万年も我々が待っているわけは無い」
「確かに俺は、自分が凡人だと認識している、だから凡人としての生活を送り、凡人として精一杯頑張り、凡人としてひっそりと死んで行く。そう考えていたが、改めてお前に凡人呼ばわりされるとむかっ腹が立つ」
「まあ、そう怒らないで、あなたの凡人としての自覚が、デスビスノスを倒し、こうやって我々スナブリンと話が出来る理由なんですから―――」
「お前たちはデスビスノスのしもべだろう。デスビスノスを倒したのにどうして存在しているんだ」

突然、マナベを襲っていた恐怖が激しい怒りに変わる。
「消えうせろ――――――デスビスノスの亡霊たち」
そう言いながらマナベは蒼い銃をスナブリンに向けて照準を合わす。

その瞬間、マナベは気がついた。
マナベが持っていた銃は蒼い銃ではなかった。それは、メラニートが最後まで使い方を教えなかった黄色い銃。
「黄色い銃、ガーゴイル。それがこの銃の正体だったのか。俺は、このガーゴイルでお前たちを皆殺しにする」

―――オマエタチがキエナイとコノタタカイはオワラナイんだヨ。

狂ったようにスナブリンに向けて発射する。
悲しげな悲鳴をあげて消えるスナブリン。そして残された飛沫の中から現れたのは

―――ダルマ、ダルマ、ダルマ、ダルマ

予想外の展開に恐怖しながらガーゴイルを撃ち続けるマナベ。
そして、ひときわ大きいスナブリンを撃つ。

「祝、デスクリムゾン完成」
確かにそのダルマにはそう書かれている。
マナベは頭の中が大混乱して泣いた。
あんなに苦しかったゲーム開発の途中にも涙を流したことは無かったのに。

―――オマエタチはナニモノだ?
―――オマエタチはナニモノだ?
―――オマエタチはナニモノだ?

4回目の問い掛けに口を開いた時、スナブリンが答える。

「我々は君と同じ、ゲーム制作者だよ、私はゲームオフィスのプロデューサー」
「私はビッグマックスの社長でした」
「俺はヒウマンでディレクターをやっていました」

「我々は、ゲーム制作のプレッシャーと戦い、敗北し、命を絶ったゲーム開発者の集団なんだ。売れないゲームを作ったら誰かが命をもって償わねばならん」

「命をもって償ったにも関わらず、残念ながら、我々はフリーズした」
「フリーズしたって」
「開発者として行き詰まり、身動きが取れなくなった状態。それがフリーズだ。フリーズは死より恐ろしい。死ねば終わりだがフリーズはずっと苦しみ続ける状態だからな」

―――絶句するマナベ。
「ほら、君も知っているだろう。君の好きな競馬では、勝利した馬は生きながらえるが敗北が続いた馬は処分される。我々は残念ながら処分された人間たちだ」
「ゲーム制作は大きなリスクを伴う。制作者は命を懸けて挑み、戦い、敗れれば死を選ぶ。我々のような仲間が、消えて行ったゲーム会社の数だけいると考えてもらって結構だ」

「デスビスノスはスナブリンからカルマを集めて世界征服を目指していたのではないのか」マナベが声を振り絞って尋ねる。
「プレジデントマナベ、宇宙生物としてのデスビスノスは900年前に死んだ。そんなことはとっくに知っていただろう。それとも君はそれを知らずに戦っていたのか」

ざわざわと騒ぎ出すスナブリンたち。

―――赤の扉、あれはデスビスノスの墓、クリムゾンが封印したのではないんだよ。

「デスビスノスは我々スナブリンが力を合わせて生み出した架空の存在。我々もこのまま中途半端な存在のままいるのも何かと不自由だからね」

―――デスビスノスなんて本当はいなかったんだ。我々が一時的に蘇らせただけ。

「プレジデントマナベ、君は勝利者だ。あまりに凡人であるがゆえに、恐怖も遠慮も慎みも知らずにゲーム業界を駆け抜けた。凡人離れした無知と無謀ゆえに君を我々の仲間に迎え入れられなかったのは残念だ」

―――ダガ、オマエモモウスグココニクルンダヨ。

「お前の背中には赤い死が見える。いずれ近いうちにお前もスナブリンとなって我々の仲間に加わるだろう。それがゲーム制作者の宿命」

「ファファファファファ」
「ファファファファファ」
「ファファファファファ」

笑い続けるスナブリンたち、そしてそれをガーゴイルで消し続けるマナベ。
無限とも思われた時間が続く。

最後のスナブリンを消す。
気力を使い果たして呆然とするマナベ。

―――黄色い銃、ガーゴイルの正体
それは、フリーズした命を開放するために存在した。
強い未練を残して消え去った命、
転生できず留まり続ける命を開放する銃、
それがガーゴイル。
俺が背負うには重過ぎる。

マナベが激しい眩暈を感じる。空間が歪み、揺れ、割れ始めている。
「スナブリンが支えていたこの13番目の部屋は、スナブリンがいなくなったことで消滅を始めているらしい。仕方がないからエコールに戻るか。ここの隣の部屋のはずだ」
そう呟き、壁に向かって進む。壁を抜ける感触。無音の世界から音のある世界に移動する。振り返るとそこは天井から吊るされたお稲荷さんの神棚。
「このお稲荷さんの神棚を作ったのが運命の始まりだったんだな」
そのまま、ガーゴイルを握り締め無限と思われる長い時間が経過した。


□1996年 1月8日 10時00分 エコール社内

「おはようございます、社長」
振り返ると、エコールのスタッフたちがいる。
右手を見るとガーゴイルが消えている。乱雑に積み上げられた書類の隙間においてあった蒼い銃の姿も無くなっている。

「社長、昨日の宴会、楽しかったですね。また今日から頑張ってゲーム作りましょう。さっそくだから、ムサピィのみらくるデス魔宮をマスターアップさせますね」サワダ課長が言う。
「言い忘れてたけど、恐山ですごく面白いゲームの企画を考え付いたのよぉ、屋久島から帰って来たら聞いてくれるぅ」
ふと見上げると、デストレインで一緒にとったファンたちの写真がマナベの目に映る。
「新作、期待してます」の文字が眩しい。

―――オマエモモウスグココニクルンダヨ。
スナブリンの最期の言葉が頭を駆け巡る。
「せっかくだから、頑張ってみるか」
もう少しだけ―――と言う言葉を飲み込む。

「新プロジェクト、開始するぞ。力の限りゲームを作り続けるんだ」
媚びず、驕らず、甘えず、力尽きるまで前のめり―――