第9章 蒼い銃の力を見よ

□1995年11月14日 7時00分 エコール社内

まだ朝日が赤い高層ビルの事務所でゆで卵を食べながら外を眺めるマナベ。
「気持ちのいい朝だ、快晴の秋晴れの雲ひとつない澄み切った透き通るようなすがすがしい朝だ、今日は飛行機は揺れないだろう。飛行機で東京に行くときに、名古屋の辺りで毎回揺れるのは勘弁して欲しい。飛行機がひどく揺れると着いてからも半日くらいは仕事にならないから、そのまま羽田空港でうずくまって体力回復しなきゃいかん、これじゃあバスで東京に行くのと変わらん。今日は大事な日だから特に揺れるのは勘弁して欲しいものだ」そう言いながら、窓から外を見ていると―――

「おはようございます、社長。今日はいい天気ですが、コンピュータで解析すると行きの飛行機は大揺れするそうですよ。酔い止め飲んで行った方がいいです、あとゆで卵とかは止めといた方がいいです」朝から珍しく上機嫌のサワダが言う。
「もう手遅れだ、ゆで卵を2個も食べてしまった。それより、今日は例のオペレーションを実行せねばならん」
「結局、昨夜の話し合いで蒼い銃を使うことに決定したんでしたね、じゃあ僕が銃を持っていきます。社長は東京の地図を持って行って下さい。特に地下鉄の乗り換えマップは忘れないで下さいね。東京の人は忙しいから、道を尋ねても教えてくれないって話ですから」
「道を聞いても教えてくれないと言うのはよく聞く話だ。俺も東京で時々道を聞かれるが、よく知らないから適当にあしらうことにしている、自分が関西人で東京の地理には疎いと言うのをいちいち説明するのも面倒だし、オーマイガーとか適当に答えてそのまま通り過ぎることにしている」
「そう言うのが積もり積もって、東京の人は道を教えてくれないと言う評判が出来上がってしまったんですね」
「それはいいとして、昨日のうちにターゲットを絞っておいた。蒼い銃で皆殺し―――じゃない、正義に教化させる組織の方々のリストはこれだ」
マナベは、エクセルで作ったターゲットのリストをサワダに見せた。
「まずは、すべての始まりのファミ通、1点つけそうになったり、購買意欲をそぐようなコメントを載せたり、最初にやっつけなければならん。

「次は、この読者レースと称して、ゲームタイトルを馬に見立ててランキングをつけている雑誌、サターンマガジンだな。ここは、最寄り駅は赤坂見付、この辺りには小さい出版社がたくさん集まっているから、まずサターンマガジンの編集部に行って、そのあと適当に見繕って教化して周ろう。サターンマガジンは、隊長とハチを教化すると言うことで」
「二人だと楽でいいすね。サターンファンはどうします」
「時間があれば寄ってみよう。その為にもファミ通とサターンマガジンを早めに片付けないとな」
「大丈夫ですよ、寄り道して時間を浪費しなければ十分現実的な計画ですから」
「それから、秋葉原に行っていろいろとパソコンパーツを買って来よう。いろいろと欲しいものがあるから、そして最終の羽田発の飛行機で帰って来る、こんな計画でどうだ」
「完璧ですね、社長。きっと上手く行きますよ。来週の雑誌が楽しみですね」


□1995年11月14日 11時00分 三軒茶屋

「ファミ通の編集部がある新玉線の三軒茶屋駅はここだな。着いたのはいいが、ファミ通攻略に使える時間は今から2時間」
「地図によりますと、編集部は駅から徒歩20分かかるらしいですよ」
「ええーっ、それは遠い。雑誌社がそれだけ駅から遠くて良くやっていけるな。タクシーで行くことにしよう」
そう言いながらマナベはタクシー乗り場でタクシーに乗った。
「ファミ通編集部までお願いします」サワダが言うのをさえぎって
「せっかく三軒茶屋に来たんだから、ちょっと寄り道しよう。確か、元タイガーマスクの佐山サトルがここでスーパータイガージムと言う道場を開いているらしい。前で待ってたらタイガーマスクが通りかかってサインをくれるかもしれない」
「そうですね、ローリングソバットとかもかけてくれるかもしれませんね」

「お客さん、着きましたよ。どうします」タクシーの運転手が声を掛ける。
「じゃあ、このまましばらく待ってて下さい。タイガーマスクに是非サインをもらっていきましょう」

1時間が経過した―――

「お客さん、今日はきっとだめみたいですよ。タイガーマスクは今日は博多で試合のはずですからここには来ないと思います」
「ええ、そうなのか、残念。仕方がない、ファミ通に行って下さい」

「どうやらこの喫茶店は、編集部専用の喫茶店みたいですね。これだと会議室も要らないし、社員食堂も兼用出来るし、なかなか上手いシステムを考えたものです。さすが業界最大手のファミ通、やることに抜かりがないですね」サワダが感心したように呟いた。




□1995年11月14日 12時30分 ファミ通

「よし、ここでお茶を飲みながら待ち伏せしよう。人間一日に何回かは飯を食うだろう、ターゲットはレビューをやった4人、ブヒブヒ丸、チョコバット桜井、那須野教授、アツヨシ。この4人を教化せねばならん。」
「待ち伏せするのはいいですけど、さっき無駄に時間を使ったせいで、ファミ通攻略に使える残り時間が30分しかありません。どうしましょうか」
「じゃあ、せっかくだから昼飯を食いながら待つことにしよう。お姉さん、焼きビーフン2つ」
「残念ですが、焼きビーフンは置いてないんです」
「じゃあ、ハムステーキも置いていないよな、仕方がない、ドライカレー2つ、時間が20分しかないんだけど大丈夫かな」
「カレーライスならすぐにお出し出来ますがドライカレーは少々お時間をいただきます」
「じゃあ、カレーライスでいい。サワダ課長もカレーライスでいいよな」
「カレーライスは開発の時にずっと食べてたからもう飽きました。エビピラフでお願いします」
「エビピラフも時間かかるだろう、しょうがないな、サワダ課長は―――、じゃあエビピラフひとつとカレーライスひとつ」

「しかし、ゲーム開発中の食事はガソリン補給みたいになりますね、忙しすぎて食べるのが面倒になりますし」
「その通り、あまり忙しいと噛むのも面倒になってそのまま飲み込めるものしか体が受け付けなくなる。だれか代わりに咀嚼して口移しで食べさせて欲しいと思うくらい食事の優先順位は低いな」
「毎日カレーライスでもなんとか1週間くらいは持つが、朝昼晩の三食、いや起きている時間が長いから五食全部がカレーライスだとさすがに視界が黄色くなったりする」
「それは疲れすぎでしょう。カレーライスのせいではないと思います」
「まあ、ゲーム開発者の資質として、カレーが好きと言うのは必須かも知れんな」
「だからこそ、開発が終わったあとは少々時間がかかっても他のものが食べたくなるわけです」
「だからといって、この時間が切迫している時にエビピラフを頼まなくてもいいと思うが―――」一瞬そう思ったが、タイガーマスクのサインの件で時間を浪費した件を突っ込まれると嫌だからマナベは言葉を飲み込む。

「お待たせしました、エビピラフとカレーライスです」
「ありがとう、だが結局22分もかかってしまったな。サワダ課長、これからどうしようか」
「じゃあ、5分で食べて、食べ終わった時点でその辺りにいる人を3分で適当にこの蒼い銃で撃ってさっさと帰りましょう。4人のレビューアの本名も解らないことですし、名札はつけてるけどペンネームが入ってない以上、人物を特定することは出来ません。だったら、適当に撃ってしまって次のターゲットを狙いに行きましょう」
「それだったら、今のうちに適当に撃ってしまおう。その後ゆっくりと飯を食う方が性に合ってる」そう言いながら蒼い銃を取り出すとマナベは適当に近くで食事している人たちに向けて発射する。

「ぱんぱんぱん」
「お客さん、そこで銃を乱射されたら困るんですが―――」先ほどの女性がクレームをつけた。
「あっ、すいません。どうしてバレました、クリムゾンで教化する話」
「そんな目立つ服装でこられたら嫌でも興味を惹きます。それで話を聞いていたら危ない内容の話だし、とにかくすぐに出て行って下さい」しぶしぶと席を立つ二人。
「サワダ課長がややこしいものを注文するから昼飯を食い損なったぞ」
「いや、食べてから教化しなかった社長にも責任の一端があると思いますが」
見苦しく責任のなすりつけ合いをする二人。

「サワダ課長、ファミ通はどうやら失敗だったみたいだな、不意打ちをかける話はどうも上手くいかないらしい」
「サターンマガジンはアポイントをとってから行った方がいいんじゃないですか。隊長とハチを指名して―――」
「それもそうだ。じゃあ、赤阪専務に電話して、適当にアポイントをとっておいてもらおう。パブリシティ担当は赤阪専務の担当だから、その方が通りがいいだろう」

□1995年11月14日 14時00分 SB社

「こちらにどうぞ」ミニスカートの女性にミーティングルームに通される。
「さすが、世界的企業のSB社、受付に内線電話が置いてあって担当部署に自分で電話しろと言うそっけない企業が多い中で、いかにもこれから伸びると言うか、ますます発展すると言うか」
「社長、ヤフーの株でも買いましたか、やけにSB社を褒めますね」
「お待たせしました、エコールの皆様。私が編集長の西村です」
声が聞こえた方を見ると、50インチのモニターが設置してある。そのモニターのなかから微笑む西村編集長の笑顔が眩しい。
「社長、これ絶対警戒されてますよ。我々がクレームをつけに来たことを察知して、危害を加えられないようにテレビ会議に切り替えたみたいですね」
「まずい、極めてまずい、これではクリムゾンで教化出来ないじゃないか」
「社長、ここは普通に世間話をしながら、様子を見ましょう。どこかで尻尾を掴めるかもしれません」
「それもそうだな」

「私がエコール社のマナベです。デスクリムゾンについてお話がしたくてご訪問しました」
「サタマガは、読者はがきに基づき厳正な編集方針で紙面を制作しております。デスクリムゾンにつきましては、アレが正当な評価と言うことで、クレームなど言われても受け付けるわけにはいけません」
「しかし、厳正な編集方針のわりには、あの読者レース、相当くだけた企画だと思いますが―――でも、隊長とハチの漫談なんかは面白いですね。あの隊長と言うのは編集長なんでしょう。いつもハチさんと編集室であんな感じで楽しく噂話をしながら雑誌を作っているんでしょうか」
「ハチは存在しません。あれは自作自演です」
「いきなり、秘密の暴露が―――そうなんですか、てっきりハチは実在の人物だと思っていました。そうでなければ困るんです。隊長とハチをパシパシっとやっつけるのが今日の目的なんですから」思わず本音を漏らしてしまうマナベ。
「確かにあの読者レースは危険な企画です。1位になるタイトルがあれば、その踏み台となって最下位になるタイトルがあるのも当たり前。その踏み台になった会社は近々消えて行く運命。だが、あなたのエコール社はなかなか生命力がありそうだから叩きがいがあります。他の最下位候補の会社の為にも、これからもユニークな作品を作って下さい」

「サワダ課長、なんとか攻略の糸口は掴めないのか、さっきはファミ通で自滅したが今回のサタマガで失敗すると取り返しがつかないことになるぞぉー」
「あっ、それいいんじゃないですか、語尾をファミ通っぽくしゃべるんですよ、そうするとイライラして弱点を自分から喋ってしまうかもしれません」

「西村編集長は自分でゲームをプレイするだぁー、プレイしないで記事かいちゃだめだぞー」
あきらかにライバル誌の表現を聞かされて不愉快そうな顔をする西村編集長。
「どうやら、効果があったみたいですよ。西村編集長はゲームをプレイしないで記事を書くことを一番嫌ってきた人ですから、特に効果があったみたいですよ。そのまま挑発を続けましょう」
「隊長ってホントは関西人みたいだぞぉー、記事は関西弁じゃないがところどころに関西人である証拠の表現があるんだぁー」
「失礼な、今日のお話はそれだけですか。忙しいので私はこれで」
そう言いながら、席を立とうとする西村編集長。

「いま確かに音が聞こえましたよ、テレビ会議ですが、実はかなり近い場所にいるはずです。推定距離は20メートル。距離が特定出来れば考えがあります」
「西村編集長、そういえば新しい名刺が出来たのでお渡ししましょう。近くにおられるようですからお持ちしましょうか」
「それは危険だからダメです。編集の者をそちらに向かわせますからお渡し下さい」

「はい、これ、名刺です。編集長に宜しく」マナベは受け取りに来た編集部員に名刺を渡す。その横で、サワダが時計を見ながら時間を測定する。
「1秒、2秒、3秒―――」
「確かに名刺、受け取りました。では今日のところはここで」
会議を切り上げようとする編集長。
「社長、あと30秒引き延ばして下さい。名刺を受け取るまでの時間で距離が正確に解りました」
「編集長、ちょっと30秒お待ちいただけませんか」極めて直接的に時間を引き延ばそうとする、マナベ
「では、30秒お待ちしましょう、5秒、10秒、15秒」カウントアップをする編集長。
「社長、チャンスです。画面を揺らして下さい」
指示に従ってモニターを足で強く蹴り上げるマナベ。
「あれ、おかしいな、回線の接続が悪くなったかな。世界で最も進んだ光ファイバーの技術を駆使して構築したSB社の誇るテレビ会話システムに何か不調が起きたのか」
そう言いながら、光ファイバーの接続を確かめる西村編集長。モニターの向こうで席を立ち上がってケーブルに手を伸ばす編集長が映り、そして画面が完全に消えた。
「チャンスです社長。この光ファイバーの端を蒼い銃で撃ち抜いて下さい」
間髪を入れず、マナベが蒼い銃を取り出し、サワダの手元に向かって発射する。
20秒、25秒、編集長のカウントダウンが二人の頭のなかをリフレインする。
「だめだったか、サワダ課長」

その瞬間、モニターから、満面の笑みをたたえた西村編集長の顔が映し出された。
「デスクリムゾン、これこそこれからの業界を変えるべく登場した新しいタイプのゲームです。これからは思いっきりプロモーションしていきましょう。毎号盛り上げのために大特集を組みます」
「教化成功だな、サワダ課長」


「ファミ通攻略は失敗だったが、サタマガ攻略ははかなりの成功を収めたようだ、せっかくだから、サターンファンにも寄って行くか」マナベがサワダに問い掛ける。
「ちょっと待って下さい、今この携帯コンピュータでスケジュールを調べてみます」そう言いながらサワダはワンダースワンを取り出す。
「なんだ、その見慣れないゲーム機は」
「これはですね、社長覚えてますか、このまえ作ったムサピィのみらくるデス魔宮、あれって普通にゲームボーイアドバンスに移植するより、このワンダースワンの方が画面が広いし、画面も大きいしいいと思うんですよ。だからプログラムの方法を覚えておこうと思って試しにスケジュール管理ソフトを作ってみたんです」
「それは異議ありだな、ワンダースワンってモノクロだろう。ムサピィのみらくるデス魔宮は6色のカラーチョコレートを消して行くソフトだったな。と言うことはモノクロでは話にならんだろう」
「大丈夫です、社長。このワンダースワンの消費電力を調べてみましたが、単三電池1本で30時間使用可能ですよ。これなら近いうちにワンダースワンカラーが出るのも間違いないでしょう。今のうちに移植を行っておいて、ワンダースワンのカラーが出た時にロンチーでえいっと発売すればきっと売れますよ」
「なかなか鋭い読みだな。で、サターンファンの件はどうなった」
「いま検索結果が出ました、ダメです、全然ダメです。ここから片道1時間半も掛かります。やっぱり新木場は遠い」
「だが、なぜサターンファンはそんなところに編集部をおいたんだろう」
「あ、追加で検索結果が出ました。あと数年後に開通する予定のりんかい線を使えば、新宿から30分で着くそうです。これはなかなか奥深い作戦かもしれません」
「遠いと油断させておいて、実は近いと、実際の距離以上に近く感じる高度な心理作戦、だが、サターンファンが5年間続いている保証はないだろう」
「それを言うならエコールだって5年間続いている保証は無いけど、ゲーム作っているじゃないですか」
「そりゃまあそうだ。じゃあ、サターンファン攻略は断念しよう、その代わりにこの辺りで適当にちょこちょこっと教化をしておくか」
「そうですね、このサターンマガジンのある曙橋はもともとフジテレビの門前町があったところ、小さな雑誌社がたくさんありますね。ではこの通りを通って都営新宿線に乗りましょう」
「そういえば、あそこにあるビルは出版社らしいぞ、窓から見える社内に資料が山積みに置かれている、あれはぜったい出版社だ」
「あれが太田出版ですね、おおっと、社長、見て下さい。いま頭にライオンのかぶり物をした男性が出て行きましたよ。これは千載一遇のチャンス」
「あの男はだれだ」
「あれはきっとがっぷ獅子丸ですよ。あのライオンのかぶりものは間違いないでしょう。少々間違ってても、曙橋界隈をかぶりもの被って歩いている人ですし、人違いでもまあいいことにしましょう」
「よし、発射」
マナベは後ろから前方を歩く被り物男の頭を撃つ。
「ぱおーん」奇妙な鳴き声を発してかぶり物男は走り出した。

「あれ、効かないな。ぱおーんと言うのはどう考えても不自然だ。ファイアー、ファイヤー、ファイアー」10発くらいかぶり物男にクリムゾンを発射するマナベ。

「どうやら人違いだったみたいですね」
「あのぱおーんと言うのはどうも気になる。本当は獅子丸だが、ぞうのマネをしていただけかもしれん、がっぷ獅子丸、なかなか手ごわいぞ」
「とにかく、3ターゲット目も成功したみたいですね」
「ああ、なんとかなぁ」

□1995年11月14日 17時00分 秋葉原

「あと飛行機の時間まで何時間ある」
「ちょうど3時間40分です」
「せっかく東京に来たんだから秋葉原でパーツを調達していこう。関西在住のゲーム会社の人なら解ると思うが、大阪の日本橋と言うのはなかなか行きにくいところにあってな、えびす町と言う、堺筋線の駅が最寄なんだが、堺筋線は梅田を通っていない。だから、動物園前で乗り換えて逆に戻ったりしていると、すぐ1時間以上掛かってしまう。実際パーツを置いている店も少ないし、秋葉原に来たらいろいろと調達せねば」
「さしあたって何を調達しましょうか」
「いま一番必要なのはSCSIのカードだな。セガ指定のアダプテック製を買うと3万円位するが、テクラムとかだと2000円くらいで売ってることもある。性能はあんまり変わらないが、ASPIレイヤーに対応しているかどうかが重要だ」
「社長はハードについては要求が厳しいですね。素直に純正を買えばいいんじゃないですか」
「ダメダメダメ、同じ性能で価格の違うものは安いものを探さないと、ゲームの制作費にいきなり響くからな。単純に考えてみて、純正のSCSIを買うところを互換品をかって2万5千円浮かせたとすると、これでスタッフみんなが焼肉を思いっきり食べられるわけだ。でも純正のカードを使っても全くご利益なし。ハード代をケチって社員におごった方がはるかに有用だ」
「いいこと言いますね。その割にはどうして人徳が無いんでしょうかね」
「それは、むちゃな納期を設定して働かせるからだろう。今から10分後に東京に出張行って来いとか、取り説は3時間で1ページ、1日8ページデザインしろとか」
「自覚はあるんですね。むちゃしてるって言う」

「おお、世間話をしているうちにもう秋葉原だ。さっそくラオックスの前を見てみると、やってるやってる、最近多いんだよね、声優のイベントが」
「なんかファンが集まってますね、30歳くらいの結構年齢の高いおじさんたちが光るリングを持って飛び跳ねてますが―――」
「看板を読むと、あれはバナナ記念日と言うグループらしいです。いま売り出し中のアイドルで、ファンのことをバナニーズと言うらしいですよ」
「で、そのバナニーズたちが、祥子ちゃんからプレゼントをもらうそうです。でも明るいうちから光るリングを使うのはおかしいですね。まさか昨日の夜からすっとやってたとか」
「プレゼントってなんだろう」
「それはその時にならないと解らないそうです」
「だが、我々の目的は、バナナ記念日ではなくて、その隣のPCアクセスでSCSIのカードを買うことだから、見学は程ほどにしよう」

「いらっしゃいませ。お客様、傘は入り口の傘立てにお願い致します」
「傘ってなんだろう」
「社長、その蒼い銃のことじゃないですか。ポスターを入れる筒に入れておいたから、店内に持ち込まれると邪魔なんでしょうか」
「傘立てに蒼い銃が入ったポスターケースを入れるのもなんだし、バナナ記念日のステージの下においておこう。どうせ、5分ほどで用事は終わるし」

「じゃあ、ささっとSCSIカードを買って帰りましょう。すいませーん、テクラムのSCSIカード3枚下さい。これってASPIレイヤー使えますよね」
「これは素人お断りの製品なので、そのような質問は事前に調べてからお求め下さい」
「ええ、そうなの、仕方がないな。目をつぶって思い切って買ってしまうか」
「相性による返品はダメですからね、それどころかどんな理由でも返品はだめですがよろしいですか」
「大丈夫、わざわざ大阪から交通費使って返品には来ないから」

「社長、大変なことになってます」先に店をでて帰りの切符を買いに行ったサワダが言う。
目の前には、バナナ記念日のミニコンサートが佳境に入り、バナニーズたちがジャンプしている。それに合わせるように祥子ちゃんが、手元から水鉄砲をバナニーズたちに発射している。
「社長、あれ蒼い銃じゃないですか、水鉄砲にもなるんだ」
「感心している場合じゃないぞ、蒼い銃にバナニーズが感化されたらどうするんだ」
「どうやら手遅れらしいですよ」

「クリムゾンマンセー、せっかくだからバナニーズからクリムゾナーに転向するぜ」
「俺はバナニーズをやりながらクリムゾナーをやるぜ」
そう言いながら、辺りを大声を上げて練り歩く元バナニーズたち。
「こんなに盛り上がって、祥子うれしぃ」そう言いながら列の最後から通りがかりの人たちに蒼い銃で聖水を撒き散らすバナナ記念日のメンバー。
数分後には、100人以上の集団となって歩行者天国を練り歩くクリムゾナーたち。

「社長、祥子ちゃんから蒼い銃を取り返してきました」
「ご苦労だった、しかしどうやって取り返したんだね」
「変わりにバナナを渡してきました。さすがバナナ記念日、バナナには反応したみたいで、素直に渡してくれました」
「しかし、どうやってそのバナナを手に入れたんだ、こんなに短時間に」
「それはあの店の人が食べていたので、もらいました」
サワダが指し示す先には有名ショップメッセサンオーが。
「あれ、カリスマ店員の稲越さんじゃないですか。ついでに教化していきましょう」
「解った、バシ」
「会社に帰ったら楽しみですね。メッセサンオーから1000本くらい追加発注があるかもしれません」
「よし、こんどこそ本当に帰るぞ、東京出張は大成功だ。早く出て来い、越前康介」


□1995年11月28日 10時00分 エコール社内

「お久しぶりねぇ、サワダ課長、元気だったぁ」赤阪専務が社内で忙しそうにパソコンを操作するサワダに声を掛けた。
「あっ、赤阪専務、久しぶりですね。確か風水師の会合が恐山であるから行って来ると出発してからもう1ヶ月も経過してますが、元気でした」
「それはねぇ、例の蒼い銃で関係者を教化する作戦、なかなかいいアイディアだと思ったの、きっと上手く行くはずだから私が1ヶ月くらいお休みしても大丈夫かなぁと思って、恐山の会合は1週間で終わってたんだけど、それからあちこちの温泉めぐりをしながら、ちょっとずつ南下して、昨日辺り岐阜の伊香保温泉まで来たの、そうしたら、なんか会社のことが気になって、新幹線で帰って来たのよ」
「そりゃグッドタイミングです。今日から日本中に張り巡らせた固定カメラからの情報を社内で見ることが可能になりました。だけど、日本中には数千箇所のカメラが設置されていて、しかもすごい勢いで増殖中なんですよ、このカメラを見ながら越前らしき人間を探しているんですが、絞り込むために赤阪専務の風水の力をお借りしたいなと思っていたところです」
「そんなすごいコンピュータがあるんだったら、風水なんかに頼らず、科学の力で探せばいいでしょう」
「そうなんですが、ちょっと電気容量の問題がありまして、最強のコンピュータを買ったのはいいですけど、ブレーカーが飛びまくって困ってるところなんです」

「この雑誌はなんなのぉ、表紙にデスクリムゾン特集とか書いてあるけど」
「それはですね、サターンマガジンが巻頭ぶち抜き20ページでデスクリムゾンのすべてを紹介する記事の校正原稿です。社長のインタビューも入ってるでしょう」
「ふーん、なんかちょっと見ないうちにデスクリムゾンって有名になってるんだねぇ」
「赤阪専務は知らないかもしれませんが、この2ヶ月でクソゲーブームが起きまして、太田出版の発行するクソゲーカタログの本は数十万部の大ヒットで、デスクリムゾン以外にも、過去に埋もれていたクソゲーが一気に脚光をあびる時代がやって来たんです」
「最近の世相を現してるわねぇ、普通のものにみんな飽きちゃったのかしら、よりによって高いお金出して変なものを集めて来るなんて、文化が成熟して、これから社会全体が退廃に向かう分岐点に来ているのかもしれないよねぇ」

「そういえば、このサイン色紙は何なのぉ」
「それは、先週秋葉原のメッセサンオー前でイベントをやった時の寄せ書きです。なんかイベントは数百人も集まって、大盛況だったらしいですよ」
「その日って、幕張メッセでゲームショーをやってた日じゃないの。同じ日にやって大丈夫だったの」
「それが、地方からゲームショーを見に来た人がその後、こちらの裏ゲームショーにやって来たみたいで、それも大盛況の要因になったらしいです」
「裏ゲームショーって変なネーミング、誰が決めたの。きっとこんなネーミングするのはマナベ社長だよね」
「それは、メッセサンオーの人が決めたらしいです。伝説のカリスマ店長の稲越さんが―――」
「ふーん、なんだかよく解らないことになってるのねぇ」


「サワダ課長、発電機買って来たぞ、容量が12000ワットあるからこれでスーパーコンピュータだって稼動出来るだろう」
「社長、それって縁日とかで使う、ガソリン式の発電機じゃないですか。電圧が安定しないからきっと駄目ですよ、そもそも室内でそんな巨大な発電機を回したら換気が大変だと思いますが」
「なんか、ファックスが紙づまりを起こして大変なんだけどぉ」
「おや、赤阪専務じゃないか。久しぶり。どうした、ファックスが大変だって、あれね。そうなんだ、最近追加注文が毎日入って来て、ファックスが時々パンクする状況なんだ、なんせ世の中はクソゲーブームだからな。その中でもデスクリムゾンは特に人気が高い」
「そりゃそうですよねぇ、蒼い銃の力は絶大ですしぃ」
「しぃー、声が大きい、蒼い銃で教化して周った件は、最高レベルの機密事項だから、社内といえども気安く口にしないでくれ、それより、サワダ課長、デスクリムゾンの追加オーダーのプレスは順調なのか」
「そろそろ最初に50万部印刷した取扱説明書の在庫がなくなってきました。毎日相当の数の追加発注が来ていますから、そろそろ印刷物を追加生産した方がいいですよ」
「あれ、おかしいな、いくらデスクリムゾンが人気だと言っても50万部も印刷してたら足りるだろう、それがなんで足りなくなっているんだ」
「それはねぇ、確かに最初は50万部印刷したけどぉ、最初に売れ行き悪くてあなたたち二人が友ヶ島に出奔した時があったでしょ、ちょうどその時にセガから印刷物の保管期限が来たから引き取って欲しいと連絡があったのよぉ、50万部の印刷物って言ったら、ざっと5トンくらいあるわけ。だからセガにお願いして処分してもらったのぉ」
「それはそうと、赤阪専務は副業が風水師だったはずだが、どうしてまず風水で占ってから処分しなかったんだ、そうすれば印刷物が足りなくなると言う不祥事は起きなかったはずだが」
「あのねぇ、社長は風水を簡単に考えすぎ。コンピュータ占いじゃないんだからむやみに風水パワーを使うわけにはいかないのよぉ、これって結構疲れるんだから、印刷物の処分数量を決めるみたいな極めて実務的な話は風水より頭を使って考えるべきなのよぉ」
「要するに、印刷物が足りなくなりそうなわけだ。サワダ課長、せっかく赤阪専務が帰って来たんだから、製品のプレスは赤阪専務に任せて、君は越前の探査に集中してくれたまえ」
「そういえば最近あまりに景気がよくて、越前を探すことを忘れていました。なんだか時々、ふっと記憶が曖昧になって、どこまでが夢でどこからが現実か解らなくなる時があります」
「儲かりすぎて意識の混濁が起きている兆候だな。我々の目的はたくさんゲームを売って、バンバン儲けて自社ビルを建てることではない。越前をあぶりだしてデスビスノスが我々を殺しに来ることを阻止、ついでにデスビスノスの世界征服の野望を打ち砕く、これが目的だが、忘れないように頼むよ」

「サワダ課長、このモニターに映っている迷彩服を着た変な人って越前じゃないのぉ」
「たぶんそれは、デスクリムゾンのファンが越前の扮装をして秋葉原を歩いているだけなので―――」
「でも、手に焼きビーフンを持ってるけどそれでも違うのぉ」
「ちょっとコンピュータで解析してみますね、カタカタカタ―――」
「結果として、越前ではありません。普通のデスクリムゾンファンだと思われます」
「そうなんだぁ、しばらくモニター見といてあげるわね」

1時間後―――
「赤阪専務、越前らしき男は見つかりましたか、と思ったら、越前をモニターしてたんじゃないんですね。それはムサピィのみらくるデス魔宮。だめじゃないですか、僕と社長の命がかかってるんですから、真面目に見ておいていただかないと」
「この12分割のモニター、見てるだけで眠くなるのよぉ、でも会社で寝てるわけにはいかないじゃない。だったらムサピィのみらくるデス魔宮のデバッグでもしている方がマシかなと思ってぇ、それとも、仕事中に寝てる方がいいとでも言うのぉ」
「ゲーム会社的正義では、仕事中に寝るのは全く問題ないです。同じ理由で、ゲームをプレイすることも全くゲーム会社的正義から言うと善です」
「じゃあ、悪って何よぉ」
「それは、デパートに行ったり、高級フレンチのランチを食べたりとかは、ゲームファンの気持ちから乖離して行きますからゲーム会社的には悪です」
「そうなんだ、かなり偏った常識が通用しているのね、ゲーム業界はぁ。と言うことはゲーム会社で仕事が出来ると褒められたり、作品がいい出来だと評価されると言うことは、ある意味日常社会から抹殺され始めてるってことじゃないのぉ、要するに変な人と言われて不気味がられる人がゲーム会社では偉いってことだよねぇ」
「まあ、そう言う言い方も出来ますね」
「それより、この越前のモニタリング、機械を使って簡単に出来る方法はないの、越前らしき人が現われたらムササビが出て来て教えてくれるとかぁ」
「いろいろな事情があってそれは出来ません。でも専務の風水を使えば、大体越前が現われそうなところを事前に占っておいて、そこを集中的にモニターすれば大丈夫なんじゃないですか」
「もうこの際だから、風水と科学の違いについて、しっかり説明しておくからね。良く理解しておいてね。そもそも科学は粒子的には磁場の揺らぎを空間に固定するのが真理なの、それに対して風水は重力の揺らぎを空間に固定するの。重力はどんなに距離が離れていても一瞬で影響を及ぼすでしょ、速度は無限大。それに比べて磁場や派生する電場は光の速度を超えることは出来ないでしょう、それは移動するのにどんなに頑張っても一定の時間がかかると言うこと、だから、時間と言う空間概念が必要なわけ。それに比べて重力を固定する風水では、一瞬で距離を移動するから時間は必要ないわけ。逆に言えば時間から開放された世界が風水の世界。だから風水上は未来も過去も関係ないの。調べようと思えば一瞬で調べられるわ。だけど磁場と違って重力で伝えられる情報と言うのはそんなに多くないわけ。だから、風水で解るのは、漠然とした事実。つまり、どこでだれがどのような良いチャンスに恵まれるか、悪いことが起こるかといった漠然とした話には強いわ、でも時間に関係することは苦手な部類に入るのよ。だから、越前がどの辺りにどのような意思を持って現われるかを予言するのは風水の領域ではないの。それは科学の力でなんとかしなさい、解ったぁ」
「解りました、赤阪専務の風水って、すごーく科学的な話なんですね。解りました、さらにコンピュータを増強して顔の正確な認識が出来るシステムを構築することにします。ただ―――」

「朝から真剣に議論とは感心だな、サワダ課長と赤阪専務」
「社長、相談なんですが、どうやら風水で越前を見分けるのは難しいみたいです。ついては、さらにコンピュータを増強して自動的に越前をモニタリングするシステムの構築が必要ですが、その予算って出してもらえますか。たぶん1000万円くらいで出来ると思いますが」
「ふーむ、出してやりたいと言いたいところだが、資金繰り的に多少問題があってな、詳しくは赤阪専務に聞いてくれたまえ」そう言いながら、マナベは部屋を出て行く。
「資金繰りの問題ってなんでしょう」
「それはね、一時的にデスクリムゾンがたくさん売れたでしょう。セガに商品をプレスしてもらうためには、先にプレス費用とロイヤリティを支払わないといけないの。でも、売り上げが入金されるのはその商品を納入してそれが店頭にならんでユーザーが買ってそのお金が集まってセガに入金されてからなの、通常2ヶ月くらい先になるわけ。だから、デスクリムゾンがたくさん売れて帳簿上は結構売り上げが高いにも関わらず、実際の現金が入って来るのは当分先と言うことになるのよ。これが経営者がいつも頭を悩ます資金繰りの問題ってやつなのぉ」

「赤阪専務、資金繰りについて非常に良いアイディアを思いついたので聞いてくれ、サワダ課長、もしかするとコンピュータの増強費用1000万円が1週間で捻出出来るかもしれないぞ」
そう言いながらマナベがアイディアを語り始める。

「日本全国を新幹線で周りながらデスクリムゾンを手渡しで直接ユーザーに届ける。各地でイベントを開きながら同時に販売を行うとファンも喜ぶし、我々のコンピュータ増強費用も捻出することが出来る、一挙両得のアイディアだな」
「でも、イベント中に刺されたらどうします、一部の心無いファンから」
「赤阪専務、ちょっと風水で占ってくれ。俺とサワダ課長がイベント中に刺される可能性を」
「任しといて、そう言うのは風水が得意なジャンルだから。あっと言う間に占ってあげるわぁ。と言うことで、結果が出たわぁ。大丈夫、イベント中に刺されて死ぬ確率はゼロみたいだよ」
「解った、ではそれで決定。具体的なプランを立てることにしよう」
「一応、生命保険かけとくわね。イベントだから旅行に行くんでしょう。旅行傷害保険をかけておけば、刺されても病院代がでるから安心でしょう。それに死亡保険も1000万円かけておけば、イベントを始めた瞬間に刺されて死んでも目的は達成出来るしぃ」
「それって完璧なリスクヘッジですね。ゲーム業界では絶対に必要な考え方です」妙なところで感心するサワダ課長。
「じゃあ、イベントの名前はデストレイン、死の新幹線にしよう。刺されて死ぬか、力尽きて死ぬか、とにかく生還することが目的だが、死んでも目的達成、まさに死の新幹線にふさわしい」