第11章 越前の正体は
□1995年12月18日 20時00分 エコール社内
「プルルルル」
「社長、大変大変、すぐに行ってあげて」赤阪から切迫した声で電話がかかる。
「何が大変だって」
「サワダ課長が大変なことに、とにかく関西中央病院の外科に行ってくれる」
「解った、すぐに行く」タクシーに乗り込み急いで関西中央病院に向かうマナベ。
「サワダの状況はどうなんですか、一体何が起きたんですか」看護師に詰め寄るマナベである。
「道端で倒れているところを発見されて、救急車で運ばれて来たんです。頭から血を流して意識不明のまま、現在緊急手術中です。頭を打撲した時に出来た血溜が脳を圧迫して、極めて危険な状況です」そう言いながら、看護師は忙しそうに去って行く。
「やっぱり、デスビスノスの話は本当だったんだ、悪い夢であって欲しいと思っていたけど、どうやら逃げられない事実らしい」
「警察のものです、少し話を聞かせていただけませんか」険しい目つきをした男がマナベに声を掛ける。
「署まで同行願います」警察官の言葉にマナベが肯いた。
「サワダは一体どのような状況で事故にあったのですか」警察官に問い掛けるマナベ。
「詳しくは申し上げられませんが、会社を出て帰宅途中に上から落ちてきた植木鉢が頭を直撃して―――高層ビルで窓は開かないはずですから、偶然発生した事故ではないと考えられます」
「と言いますと、誰かが故意にサワダを狙って落としたと言うことでしょうか」
「その可能性が考えられます。ただ、24階から植木鉢を落としてもそんなに上手く地上を通行中の人間を狙って当てることはかなり困難です。したがって、故意と事故の両面から捜査中です」
「しかし、不思議なのはどうしてこのように警察が動いているんでしょうか、人身事故で重症の人間が出ているとはいえ、こんなに手際良く警察が動くなんて不思議です」
しばらく、警察官はマナベの顔を見たあと、険しい目で見ながら言う。
「あなたの会社、エコールソフトウェアは監視対象です、私は刑事部ではなく公安部の所属、治安や安全保障の案件を担当している部署です。端的に言えば、エコールソフトウェアの行動は極めて不審です。外国の犯罪者組織と繋がっている可能性もあるし、公安部の調査対象に入っています」
「そうなんですか、全然気がつきませんでした。私はただ、デスビスノスにサワダと私が殺されるのを阻止するために越前を探しているだけなんですが」
「デスビスノス!?、それは聞いたことがない組織ですね。南米系の組織にそのような名前のものがあったかもしれない」そう言いながら、電話を掛け始める。
「とにかく、こうやって社員に怪我人も出たことですし、捜査に協力していただきましょう。よろしいですね」
「解りました、ついでに私たち二人をデスビスノスから守って下さい」
「善処します、それとあなたにここに来て事情を聞いている間に、エコールソフトウェアの家宅捜査を行っています。何か組織と関連のあるものがないか調べています。お互いのためです。知ってる情報は洗いざらい話して下さい」
「そう言われても、デスビスノスを倒すために越前を探している以外は何もないんですが―――もしかして、刑事さんもデスクリムゾンを買ったとか、それであまりのクソゲーっぷりに腹が立って、いわゆる警察用語で言うムシャクシャして私をこうやって拘束しているんじゃないんでしょうか」
「ふぅ、私がデスクリムゾンを間違って買ってしまったと言うのは事実です。バーチャコップを買いに行ったついでに、隣に並んでいたデスクリムゾンを買ってしまったのは極めて残念なことです」そう言いながら、刑事は大きなため息をついた。
「しかし、あなたを拘束しているのはそれが理由ではありません。あくまで、犯罪組織の摘発と言う本来の任務のためです」
刑事の部下がノックをした。ドアの外に出て何かを話する刑事。マナベの前に戻って来る。
「家宅捜査で、銃を押収しました。蒼色の銃です。これについて説明してもらいましょう」
「あのー、やっぱり銃刀法違反とかで逮捕されるんでしょうか、それだったら弁護士を呼んでもらって、ここは黙秘した方が得だと思うんですが」
「見つかった銃は、相当古いもので、ざっとみたところ殺傷能力があるとは思えません。したがって、この件で銃刀法違反で逮捕と言うのは考えていません」
ちょっと安心したマナベ。
「怪我をしたサワダ氏は、相当能力の高いコンピュータを設置して日本中の監視カメラから情報を入手していましたね、それ自体は違法ではありませんが、公安としては通報があったこともあり、調査対象に入れておりました。そうした時にこの事故です。やはり、何かあなたの会社でやっていたことと関係があると考えざるを得ません」
「通報ってなんでしょうか」
「昼夜問わず、室内から大きなエンジンの音がする。発電機の音らしいですけど、普通の事務所でそんなに大きな発電機は必要ないでしょう。そもそも電気が必要だったら普通に関西電力と契約して買えばいいわけだし、それをあえて発電機で供給しているところに我々は着目したわけです」
「それはですね、ゲーム業界特有の習慣でして、忙しいので出来るだけ自前でやれることはやってしまおうと言うか、急な停電に備えて非常用に持っておくと言うか」
「解りました、話が長くなりそうなので結構です。それより、蒼い銃についてですが」
「ドドーン」激しい衝撃音が署内を包んだ。
「一体何事だ、何が起こったんだ」刑事が廊下に出て部下に聞く
「詳しくは解りませんが、署員の一部が暴徒と化して、警察署占拠を始めているようです。なんでも、エコールから押収した蒼い銃を調査中に、調査官が異常な行動を始めて次々に署員を蒼い銃で撃ちまくって、撃たれた署員もそれに呼応して―――」
「それは、バーチャコップの呪いですな、蒼い銃は使用した人間の意思を強烈に相手に植え付けその意識を占拠してしまいます。きっとその調査官はバーチャコップのファンだったんでしょう」マナベが嬉しそうに解説する。
「その通りだ、私がバーチャコップを彼に貸した」
「彼はバーチャコップにはまってしまったんですね、日ごろ後方の支援活動が中心で、前面で銃を使い悪の組織と戦いたいと願望を持っていたから、蒼い銃でその願望が増幅されて署員に影響した」
「どうすればいいんだ、暴走を止めるには―――」
「押収した蒼い銃を返却願います」
「解った、さっさと持って帰ってくれ」
「では、今日は帰っていいですか」
「やむをえん、今日の取調べは任意だからな。帰ってよし」
「ごっつあんです、帰ります」そう言ってマナベは署を後にする。
□1995年12月19日 2時00分 サワダの部屋
「これがサワダが使っていたコンピュータか、残念ながら動かすには非常用発電機を使用せねばならんが、そうするとまた近所の会社から警察に通報があって出頭させられるかもしれない、せっかく取調べから帰って来たところなのに」
そう言いながら、サワダの机の上を見ると、IDとパスワードが書かれた紙がある。
「なんだ、無防備な、デスビスノスの手がかりを見つけたのが相当嬉しかったんだな。だから、早く知らせようと連絡を取りに帰っていた途中で事故にあったわけだ」
そう言いながらマッキントッシュを起動する。キーチェーンの機能でパスワードを一度入れるとすべての機能が使えるようになるらしい。
アップルマークが表示されるが、なかなか起動しない。
「マックは、起動時に2回に1回はフリーズするな。リセットして、起動中に蹴りを入れると動作する時があるとサワダが言ってたが」
リセットを押す。そして蹴りを入れる。
急にリンゴのマークが泣き顔に―――と思ったら、デスクトップの壁紙に見覚えのある顔が表示されている。
「せいじろう、これは越前の声をゲーム中で当てたせいじろう、彼が越前だったのか」
「そんなに近くに探していた男がいたなんて、道理で迫真の演技だったはずだ。なぜなら本人なんだから」
「せいじろうのプロフィールはオーディションの時の書類に入っているはずだ。これだな、箕面市粟生間谷、ここは、箕面公園の近く、山深いところだ。ここを探せばせいじろうがいるはずだ」
□1995年12月19日 5時00分 エコール社内
「ダニー、話があります」暗がりからいきなり声を掛けられて驚くマナベ。
「なんだ、赤阪専務じゃないか、さっきサワダ課長の見舞いに行って来た。越前の正体が解ったぞ、声優のせいじろうだ」
「っっっっんんんん」
「どうした赤阪専務、様子がおかしいが、いつもとしゃべり方が違うし」
「ダニー、話があります」先ほどと同じ言葉を繰り返す赤阪専務。
しばらく考えた上で、マナベが尋ねる。
「君はメラニートなんだね、赤阪専務はもういなくなったんだね」
しばらく、重い沈黙が流れる。
「風水師である赤阪専務はもともと実態として存在していました。その能力のゆえに私は赤阪専務の体をしばしば借りていました。赤阪専務は受容体として高い能力を持っていましたから、私と意識が混濁することなく私は体を借りることが出来たのです」
「赤阪専務はどうなったんだ」
「いまはある場所に移動してもらっていますが心配ありません。私が去ると自然に帰って来るでしょう」
「それを聞いて安心した。サワダ課長を事故で失くし、赤阪専務までいなくなると途方に暮れてしまう」
「だが、どうして赤阪専務ではなく、今日はメラニートとして現れたんだ」
「あなたは、まもなく越前康介と戦うことになるでしょう。その前に、デスビスノスの正体を知っておく必要があります」
「デスビスノスの正体―――、以前洞窟で聞いた、遥か昔に宇宙から来た宇宙生物ではないのか。時々目覚めては歴史に介入していたと聞いていたが」
「確かに地球に流れ着いてからのデスビスノスはその通りです。しかし、900年前、阿波水軍の傭兵であった葛城風雅と戦った時にデスビスノスの運命は大きく変化したのです」
|||阿波水軍は当時、瀬戸内海の入口周辺を拠点とし、比較的弱小の軍勢として源平の戦いの中で中立的な立場を取り続けた。葛城風雅は、阿波水軍に流れ着いた傭兵で、無類の強さを誇り、同時に頭脳が飛び抜けて明晰であったため、風雅の参加とともに阿波水軍は一気にその勢力を拡大して行く。風雅はその美貌と裏腹に残忍な戦術を駆使して戦いを進めたため、類まれなカルマを蓄積しており、デスビスノスがカルマを集める目的には最適な人物であった。だが、デスビスノスは風雅の力を見誤ったのである。
「傭兵としてあまりに多くの血を流した風雅はすでにデスビスノスをも凌ぐカルマを蓄積していました。デスビスノスはその事実を十分に知らないまま、阿波水軍の軍犬を移動手段として選びました。それがデスビスノスにとって、数千万年以来の誤算でした。風雅は軍犬白菊丸がデスビスノスの憑依先であることを見抜き、白菊丸を洞窟に追い込み、そして槍で突きました。だが、その槍を受けたのは白菊丸ではありませんでした。風雅の娘、霧女が白菊丸の代わりに槍を受けました」
「では、風雅はデスビスノスを倒せなかったんだね」
「ある意味、風雅の目的は達成されたのです。白菊丸は犬でありながら霧女を深く愛していました。だから、霧女が父親の手にかかって自分の身代わりに死を迎えるのを受け入れることが出来なかったのです。白菊丸は感覚に封印をしました。その結果、憑依していたデスビスノスは白菊丸から逃避することが出来なかったのです。結果として、洞窟に白菊丸とともにデスビスノスは封印されることになりました。白菊丸は犬としては極めて長い、30年近く生存しました。そして白菊丸が死に、朽ち果て自由を取り戻すはずのデスビスノスはさらに869年間も封印されることになりました」
「なぜ、封印は解けなかったのだ」
「それは、白菊丸の身代わりとなった霧女が白菊丸の死とともにスナブリンから放出されたカルマを得て、永遠の命を手に入れたからです。皮肉なものです。最初に死を選んだ霧女がデスビスノスを封印するために、最も長い命を手に入れることになったのですから」
「風雅の力の根源は、蒼い銃。この力によって、風雅は人を自分の目的のとおりに動かすことが出来たのです。蒼い銃はそのような力を持っていたのです。風雅は霧女の墓を作り蒼い銃を置きました。それが、あの洞窟なのです」
「スナブリンに蓄積されて私の命を永らえさせてきたカルマは十分な量があったため私の命を永遠に維持することが可能で、私の命が続く限りこの洞窟の扉は開かずデスビスノスは封印されたままの予定でした。、だが、70年前の世界戦争の準備のため、友ヶ島は日本軍の要塞が建設された。辺りは工作兵と軍人で溢れ、デスビスノスを封印した洞窟の周りにも要塞が作られました。それが1万年続くはずだった封印の力を弱めました。阿波水軍が戦った戦争以来の世界戦争が運命を変えたのです。そしてデスビスノスを封印してきたカルマはまもなく消滅します。デスビスノスの封印が外れる前に、デスビスノスを倒して欲しい。越前康介がスナブリンを倒したことにより、さらにそれは早まりました。最もそれがデスビスノスが越前康介に赤のクリムゾンを託した理由であったのです」
「俺とサワダ課長が見たスナブリンを越前康介が倒す夢はそんな意味を持っていたのか」
ちょっとためらって、そしてマナベは質問をする。
「その風雅の娘があなたなんですね」
「そうです―――私が霧女です」
「メラニートは私の空想の存在。役割を終えれば消えます。わたしは白菊丸が死んだあと、デスビスノスを封印する途中で、あまりに長くデスビスノスの意識と関わり過ぎました。デスビスノスとこれ以上共生することは、白菊丸の意思に反します。だから私は自ら封印を解きました。それが1年前です、そして最初に現われたのが越前康介」
「あとはダニー、あなたにお任せします」
「おい、急に任せられても困るんだが、メラニート、もうちょっと話を聞かせてくれ」
「資金の話だったら大丈夫よぉ、今は潤沢にあるから、新しいゲームでも何でも作れるわよぉ」
「赤阪専務、戻って来たか。大丈夫か」
「なんだか眠いから寝るわねぇ」そう言いながら死よりも深い眠りにつく赤阪専務。
「いつ目覚めるか解らないが、当分そっとしておこう。メラニートの願いでもある。さっそく、せいじろうを探しに行くとするか」