第10章 デストレインで全国行脚
□1995年12月12日 7時00分 エコール社内
「そろそろ出発するぞ、準備はいいか」
「アイアイサー」たった3人の慎ましやかな出陣式をお稲荷さんの神棚の前で行う。
「赤阪専務は、コントロールセンターとなって、販売数量を管理して物流を担当してくれ。なんせ、手持ちで九州まで行商―――じゃなかったイベントに行くわけだから持って行ける物量には限りがある。ハンドキャリーを使っても3ケース300個、二人だから600個、これが最大値だ。今回の目標は2000本を販売しきること。3人で効率良く力を合わせなければ、イベントか物流かのどこかで失敗する可能性が高い。得意の風水も駆使して、頑張ってくれ」
「がってんだぁ」
赤阪の運転する車で新神戸駅に向かうサワダとマナベ。
「最初の会場は新神戸駅。新神戸では100本の販売を予定している」
「どうして販売数量が事前に解ってるんですか」サワダが尋ねる。
「それはHPで告知して、確実にデスクリムゾンを入手するためにはウェブで先行予約をと呼び掛けたから、地域ごとのおよその予想販売数量は解っている。だが、予約なしでも数が足りれば販売しますとも書いているので、その分の数量が読みきれないところだ。特に2日目の新大阪地区、ここでどれだけの数量が必要かが全く解らん」
「だから、昨日の内に200本、新大阪駅のロッカーに置きに行ったわけですね」
「新大阪のロッカーにある分が全部はけると2000本達成だからな。それ以外に東京の今夜宿泊するホテルに東京分600本を一昨日発送してある。これを夜中のうちに新橋駅のロッカーに300本、東京駅のロッカーに300本、移動させて明日に備えるわけだ」
「要するに、東京、新大阪は事前に発送分でまかない、西日本の分は手で持って行く分でまかない、東海地方の分は、余分に東京に送っている分でまかなうわけですね」
「その通り、だが物流が上手く行かなくて、どこかの会場で1本でも足りなければ機会ロスで我々の敗北、とにかく2000本をきっちり売り、越前探索のための個人認識システムのソフトウェア購入資金を入手せねばならん」
「新神戸駅に到着したわよぉ、時間はイベント開始30分前、予定通りね」
「ご苦労、赤阪専務。今日の販売数量を逐次連絡するから、新大阪駅に追加で配置が必要かどうか判断して実施してくれ。そして、明日の朝6時の新幹線で東京に移動してくれ」
「どうだ、人は集まっているか―――」
「あの集団じゃないですか。迷彩服とか着ている人がいますからたぶん間違いないでしょう。改札口になんとなく人だかりが出来ています」
「よし、デストレイン、初日、開始ぃいい」
夜の九州、中州は賑やかだ。すでに夜6時、冬の夕暮れは辺りを闇に包む。
「初日のイベントが終わった。まあいろいろとハプニングはあったが無事に終了だな」
「このリュックサック方式は割りと上手くいきました。だけど、前に抱えたリュックに今日の売り上げ500万円近くが入っているのはちょっとビビリますね」
「郵便局に入れて行くか、予定通りに」博多中央郵便局に移動する二人。
「ダメだ、ATMコーナーが工事で移転中だ。ここから500メートルも先に移動されたらしい」
「社長、それでは7時の飛行機に間に合いません。ここは諦めて、パンツの中にでも隠しておきましょう」
「それがいい、サワダ課長は頭がいいな」
「では、このままタクシーに乗って博多空港までGO」
「社長、いきなりトラブルです、あれを見て下さい」
「どれどれ、博多発東京行き定刻7時30分初は使用機材の関係で出発が2時間遅れますっつてぇ、そりゃいかん。そうなると東京到着が夜の11時。東京についてからの段取りが大きく狂う。今から新幹線に変えるわけにはいかんのか」
「確か博多と東京は新幹線だと6時間は掛かるはずです。だから、かえって時間が掛かるから、ここは我慢して飛行機で行きましょう」
「それもそうだな、これもデスビスノスの嫌がらせと考えると納得が出来る。あらかじめ赤阪専務に風水で、どの地域で嫌がらせに会うか占ってもらっておけば良かった、ぶつぶつ」
「まあ、後ろ向きに考えていても仕方がない。とにかく前向き、前のめり、ここはプラス思考で、とんこつラーメンと明太子でも食べて夜食用にちんすこうでも買って行こう」
「そういえば、広島ではカキフライ弁当を食ったし、明日は静岡でうなぎ弁当が食べられますね。名古屋では味噌煮込みうどん」
「うどんは社内持込は無理だろう」
「そりゃそうですね、じゃあエビフリャーでも食べます」
「今回は、デストレイン、死の新幹線、全国駅弁巡りですね」
「ふぉふぉふぉ」
「もうすぐ、東京でのイベント開始の時間。ヒットポイントの状況はどうだ」
「昨日の飛行機が遅れた辺りから急速に低下してます。そもそも博多空港で夜食を食べすぎでした。満腹すぎて飛行機では寝られなかったし、その上なんか、むちゃくちゃ揺れましたね」
「それもデスビスノスの嫌がらせだろう。宇宙生物なんだから飛行機を揺らすくらい簡単だろう」
「東京に到着したのが23時、ホテルに着いたのが深夜の1時、赤阪専務からの連絡で、新橋駅に人がたくさん集まりすぎで収拾が取れなくなるから、別の場所を追加した方がいいと風水で占ってきたから、急遽東京駅を追加して、下見に行って、ついでに新橋のSL広場も下見に行ったら交番が広場の真正面にあって、迷彩服とか着たファンが集まったら職務質問で収拾がとれなくなりそうだから、近くの公園に場所を変更する段取りも考えて終わったのが朝の5時、今が朝の8時だからかなり疲労するのは当然だと思います」
「ちょっと無理な計画だったかもしれないが、とにかくやらねばならん、今日一日、死んだ気で頑張ろう」
「おはよう、お二人さん」ちょうど到着した赤阪専務が明るい声を掛ける。
「社長、顔が引きつってますよぉ。おめでたいイベントなんだからもっと笑顔を見せなきゃ」
「疲れてんだよ、大きなお世話だ」
「なんか感じ悪ーい、まあ仕方ないわね」
「いまSL広場見て来たけど、300人以上集まってるわ」
「東京駅と新橋に分離したにも関わらず300人とは、クソゲー文化最高潮の一日だな。今日をクソゲー記念日にしてもいいんじゃないか」
「申請してみれば、でもゲームの日も出来てないのにクソゲーの日が出来るわけないでしょう」
「新橋に集まっていただいた皆さん、コンニチワ。これからデスクリムゾン布教イベントを始めます」
「パチパチパチパチ」
「では、早速。買って後悔するか、買わずに後悔するか、今しか買えない最後のデスクリムゾン、特別販売会を行います」
「うぉ―――――」
「はい、順番に並んで並んで、お釣りは出ませんので、小さいのを用意してね。いま買った人には、サインしますから、封を切って持って来て下さいね」
延々と300人にサインを続ける、マナベ。
「なんか、最初と最後のサインの内容が変化してきたが―――」
1時間が経過した―――
「では、最後にみんなで締めの掛け声
「せっかくだからぁーーーー、くりむぞーーん」
「パチパチパチ」
数百人のファンに見送られ、逃げるようにタクシーに乗り込むスタッフたち。
「やっと、新橋と東京駅のイベントが終わった。相当盛況だったな」
「集計によると、新橋と東京の2箇所で、800本くらいデスクリムゾンが売れてます、この分だと予定数の2000本いくかもしれないですね」
「どうりで手が腱鞘炎ぽいぞ、2時間で800枚はサインした計算になるからな」
「ファンあってのゲーム会社、ありがたやありがたや」
「では、次の静岡は一人で乗り切るから、サワダ課長と赤阪専務は先に行って名古屋のイベント場所を決めておいてくれ。地図で見る限り名古屋駅には周囲に手ごろな公園もないし、人ごみの多い駅前広場でやらねばならん雰囲気がある」
「なんとか名古屋も終わったな。あとは最後の新大阪駅、そろそろ2日の移動距離が1200キロを越える頃、サインも1600回くらい書いたし、1時間のイベントを8回やって合計8時間。ヒットポイントも限りなく0に近い」
「例の元気の出る飲み物でも飲めばぁ」
「豆乳ドリンクのことか、あれは、新しいアイディアを出す時に飲むもので、体力回復には使えない」
「体力回復には、何がいいの」
「そりゃ普通に弁当とか食べればいいんだよ、だけどなんで名古屋新大阪間は車内販売が来ないんだ」
「そういえば、デストレインに取材について来たライターとカメラマンの人、おいしそうな弁当をさっきから2個も食べてるわよ。1個くれるように交渉してみようか」
「マスコミ関係者の弁当をもらうと報道の独立性に陰りが出るからだめだ」
「風水で、いつ車内販売が来るか占ってみるわね。―――占いの結果、車内販売は新大阪駅を出てから来るらしいわよ」
「だめだ、やっぱりマスコミの人に恵んでもらおう。すいません、弁当恵んでもらえませんか」
「ああ、社長、イベントお疲れ様。弁当はいま全部食べちゃいました。しば漬けがちょっと残ってますが食べますか」
「しば漬けいただきます。あとそこのうなぎ弁当の残りのうなぎの尻尾ももらえますか。それにエビフライの尻尾も―――」
「社長、隣の車両を歩いていたら、これをどうぞって、ファンの人かしら」
「どれどれ、おお、これは焼きビーフンじゃないか。嬉しいなぁ、いただきます」
「食べても大丈夫かな、迷彩服来たちょっと目つきの悪い人だったけど」
「食べ終わってから言っても手遅れだろう、とにかく、これで元気回復ヒットポイントは満タンだぁ」
そして、最後の新大阪でのイベント
「せっかくだから〜〜〜〜、くりむぞ〜〜〜〜ん」
こうして、デストレインは無事に終了したのであった。
販売数量2000本、総移動距離2400キロ、動員数2800人
消費した弁当の数、初日6個、二日目1個、睡眠時間2時間
使用したコインロッカーの数24個