第8章 新たな展開を模索して

□1995年11月13日 11時00分 友ヶ島

秋の気配が深まってきた友ヶ島は寂しい。島に唯一ある桟橋にはすでに運航を停止して荒れ果てた連絡線が1隻係留されている。海からの風が吹くとロープの軋む音がウミネコの声と重なってさらに周囲の荒れ果てた様子を引き立たせる。
昨日のテレビニュースを見てから、生きる気力をなくした二人は、ここ友ヶ島に漁船をチャーターして渡って来た。

「定期船はこの時期はもう運航していないんですね。もしかするとずっと運航が再開されることはないのかもしれません」
「そうだな、もしデスクリムゾンが大ヒットしていれば、ゆかりの深い島として見学者が訪れ、定期船も存続したかもしれないが、今となっては夢の話だな」
「作ったゲームがクソゲー、その事実が我々に現実として直接的に影響を与える」
「社長、どうして最後に訪れたい場所がここ、友ヶ島だったんですか。我々にはすでにデスビスノスによって運命は握られている。昨日殺されたゲームプロデューサーみたいに悲惨な殺され方をするのは間違いないですよね。わざわざ、ここに来てデスビスノスの思惑通りに来なくてもよかったと思うんですが」

「この島は、先の大戦中に本土決戦を意識した日本軍が、近畿圏上陸を阻止するために築いた要塞。だが、連合軍はそれ以上の圧倒的な兵力で日本軍を壊滅させたため、実際には全く使われなかった要塞なんだ。要塞として作られながら、要塞としての天寿を全うすることなく朽ち果てて行くこの島を見ると、ゲームとして作られながらゲームとしてまともにプレイされずに消えて行くたくさんのクソゲーたち、あまつさえ、その中でクソゲー帝王と言われたデスクリムゾンとこの要塞は共通する部分が多い。そんなことを考えていたら、我々が最後に訪れる場所は、この使われずに朽ち果てる要塞がふさわしいのではないかと考えたんだ」
「この要塞にはそんな歴史があったんですね」
「島を一周してみよう」そう言いながらマナベは左回りに島を回り始めた。

「船着場の前には、フットサルとか出来そうな広場があって、キャンプ場になっている。民宿もあるし、公衆電話もある。海水浴に来たらここをベースに島をめぐるのがいい」
「細い道を登って行くと前方に見えるのが蛇ヶ池、沼地みたいな池で、一度入ったら出てこれなさそうな感じだ」
「池を左手に見ながらさらに進むと、山の頂に見えるのが今も使われている灯台、太平洋から瀬戸内海に入る入り口だ。その手前を海側に上って行くと、第一砲台がある」

「ここが島の最南端の岬、第一砲台だ。下は断崖絶壁で落ちたら浮かび上がらないだろう」
「そうですね、流れも速そうですし、あっと言う間に太平洋に流されますね」
「70年前の戦争中に、ここは本土決戦に備えて作られた要塞だが、有事の際には軍人たちが自決するための銃、ガーゴイルが置かれていたそうだ。書物にはガーゴイルの形や性能については触れられていないが―――」
「ガーゴイルは結局使われなかったんですよね」サワダの質問をマナベは無視する。

「突然だが、俺はここで逝く。ガーゴイルで自決したいと思ったが、ここで終わりにする」
そう言いながら、マナベは崖の最頂部にのぼり、目を閉じて身を投げた。
静寂の時間が1分、2分と続く。聞こえるのは波が砕ける音だけ。

「マナベ社長―――」サワダが何度も呼び掛けるが海からの強い風にかき消される。

「社長、本当に逝ってしまったんですね、社長―――」サワダが声を振り絞る。
「残念だが、ここでは死ねなかったようだ」そう言いながらマナベが崖の向こう側から顔を上げた。
「自殺防止用の金網が設置されていた。どうやら行動は先に読まれていたみたいだ。別の方法を探そう」

「社長、僕が最初に蒼い銃を見つけた洞窟に行ってみましょうか。あそこに行けば何か新しいアイディアが浮かぶかもしれません」すこしほっとした表情でサワダが言う。
「そういえば、デスクリムゾンのオープニングムービーを撮影するためにこの島をロケして回ったが、サワダ課長が言ってた赤い扉のある洞窟は見つからなかったぞ。だから実際のロケの時には赤い扉の部分はCGで合成して作ったんだが」
「僕が行った時も、実体としての扉があったわけではないです。立体写真のような映像か幻想か解らないような扉が開いていて、そこに入ると蒼い銃がおいてあった。ちょっと気になります。あの扉は今も同じ状況で存在しているのか」
「考えてみれば、サワダ課長は蒼い銃を見つけた時に一度この友ヶ島に来て以来今日で2回目、俺はオープニングムービーのロケの際に一度来て以来、今日で2回目。同じものを見ていたと思い込んでいたが、確認してみた方がいいな。もしかするとこの島にはいくつもの赤い扉があるのかもしれん」
「それだったら嫌ですね。赤い扉の数だけ越前探しに駆り出された人たちがいて、それぞれがゲームを作って、それがクソゲーになって、この島の赤の扉の数だけクソゲーが出来上がる、この友ヶ島がクソゲーのルーツと言うかクソゲーの聖地だったみたいな話だと、急に気分が悪くなります」
「あのメラニートの野郎、探し出してとっちめてやらなければ。もし探していないんだったら、デスビスノスの件も含めて全部うそだったと言うことで、今後無視してもいいんじゃないか」
「いい考えですね、社長。どうせメラニートなんていないんだから、適当に探してみて、そのあとは釣りでもやって、帰りましょうか」
「そうと決まればさっそくメラニート探索開始」

「ここが、最初のシーンに使った階段だ。上から来るぞと言いながら越前が上に上って行くところ」
「なかなかいい雰囲気の階段ですね。ムービーを見ると中東の砂漠みたいに見えましたが、実際はいかにも日本らしい苔むした東洋風の階段なんですね」
「階段なんてどこのも大体同じだ、セピア色にしたら見分けがつかない」

「これが敗走中にでて来る坑道ですね。奥にはこの要塞の兵員のための住居らしき部屋がたくさんあります。でも、これ観光客の捨てて行ったゴミだらけですね。空き缶とか牛乳パックの残骸とか、出来上がったムービーには全然そう言うのが映ってなかったんですが、どうやって映らないようにしたんですか」
「それはな、簡単な話だ。撮影前にこうやって地道に火箸を使ってゴミを集めて回ったんだ」そう言いながら、マナベは部屋の端っこにおいてあった火箸でゴミを集めた。
「大事なのは現状を変えないことだからな。撮影が終わったらゴミはまた元の場所に戻しておいた」そう言いながらマナベは火箸でゴミを元の場所に戻す。
「それって、かなり偏った考え方ですね。なんか社会に対して不満でもあるんじゃないですか」サワダが珍しくはっきり物を言う。
「ゲームを作っていて気がついたんだが、ゲーム業界特有のアラ探し体質は歴然と事実として存在しているな。要するにゲームのクオリティを上げると言うことは、作る作業に加えて、徹底的にアラ探しをして、それを病的にまで直して行く」
「たとえば、ソフトリセットの機能を入れるとなったら、ゲームのすべてのフェーズ、会社ロゴがフェードアウトする瞬間にリセットボタンを押して一箇所でもリセットが効かない場所があれば直す、1万箇所あれば1万箇所すべてテストして直す。それを繰り返してクオリティと言う名前の魔物と闘い続けるのがゲーム業界のルールらしい」
「と言うことは、デスビスノスは、ゲーム業界自体に存在するクオリティと言う名前の概念そのもののことですか」
「いいことを言うな、サワダ課長。どうやら我々は知らず知らずのうちにデスビスノスの罠にかかって自分で命を絶とうとしていたらしいな」
「解りました、絶対にメラニートを探しましょう、そうして、クオリティと言う名の魔物、デスビスノスを倒しましょう」


マナベとサワダはそれぞれがかつて通った道を歩いて行く。
階段を下りると3つの扉がある。夢の中では赤の扉を選び、サワダ課長が以前迷い込んだ時は蒼の扉を選んだ。
「今回は黄色の扉を選ぼう。なんでも初物の方がおめでたいものだ」
「そうですね、どうせ中では繋がっていて同じ洞窟に入るんですから。入り口が違うだけで」
「厳密に言うと、同じ洞窟だが、手にすることの出来る銃は違っているみたいだな。まあ、今回はメラニートをとっちめてなぜ我々を苦しめるのか、その理由を聞くだけだからまあ良いことにしよう」
黄色の扉へ入る二人。そこには一面動物の骨と思われる白骨が散乱している。
「サワダ課長、やっぱり素直に赤の扉を選んだ方が良かったんじゃないか」
「そうかもしれませんが、ビジュアル的には多少不気味ですが、特に襲って来るようすもないし、問題ないでしょう」

「黄色の扉を選んだんですね、ダニー、グレッグ」
突然、光の中から声が聞こえる。メラニートだ。
「メラニート、教えてくれ。デスビスノスと言うのは何者だ、ここに散乱する白骨は、クリムゾンとは何のために存在している」

「夢の中の説明だけでは足りなかったようですね。わざわざ来てくれたこと、感謝します。お礼に、デスビスノスについて教えましょう」
「そうだ、あやうく自殺するはずだったんだぞ、教えてくれ」
「デスビスノスは数千万年前に宇宙からやって来た宇宙生物です。単独でこの地球に降り立ち、世界に点在する光の届かない洞窟の奥に住み着きながら、時折歴史に介入をしてきました。必要に迫られて洞窟を移動する時は、他の夜行性の生物の体を借りて移動を行います。あなたたちの足元の白骨は、デスビスノスが異動に使った生物の残骸」
「そうだったのか」
「デスビスノスが歴史に介入するのは、カルマを集めるため。戦争を起こし、苦しみながら人が死ぬとカルマが集まります。それを集めてエネルギーに変え、歴史を動かしてきました。だから、出来るだけ戦争の起こりそうな地域に移動して、カルマを集め、それを元にさらに紛争を大きくする。デスビスノスの歴史は、戦争の歴史でもあります」
「だから傭兵を呼び寄せたのか」
「だけど、そのデスビスノスも今から900年前の阿波水軍との戦いで破れ、この洞窟に封印されてしまいました。それ以来この洞窟は私が守ってきました」
「あと1年、デスビスノスを封印出来れば、デスビスノスの存在そのものを消し去ることが出来ました。だけど、デスビスノスが呼び寄せた越前康介が赤い銃を持ち出した時、その封印が解れました。デスビスノスはもうここにはいません」
「どこにいるんだ」
「残念ながら私にも解りません。私もあと1年で消える運命でしたから。ただ、最近多発する大きな戦争は、デスビスノスが関係しているのです。人の心に入り込みその精神をあやつり大きな紛争に育てて行く、それがデスビスノスの目的なのです」
「そうだったのか、最近世の中が荒れて来ていると思ったらそんな理由が―――で、どうすればデスビスノスを倒すことが出来るんだ、そうして俺たちがデスビスノスに殺されないようにするには―――どうすればいい」
「まず、デスビスノスとともに行動しているあなたたちの仲間の越前康介を探して下さい。越前の持っている赤のクリムゾンをこの場所に戻して封印するのです。そうすればデスビスノスはカルマをためることが出来ず、その力を弱めるでしょう」
「どうやって、越前を探せばいい」
「残念ながら私には全く方法がありません。だから、あなたたちがここを訪ねて来るのを待っていたのです」
「そんな無責任な、だが、教えてくれ赤の扉を入ると赤のクリムゾン。蒼の扉を入ると蒼い銃がそれぞれあった。クリムゾンは、武器として戦争で人を殺し、そのカルマをためる用途がある、蒼い銃は、人の精神を一定の意思の元にコントロールする用途がある。今回俺たち二人は黄色の扉から入って来た。黄色いクリムゾンとかが存在していて、それを使えば越前を探せると言う話じゃないのか」
「その発想はあまりに安易過ぎます。確かに黄色い銃は存在します。ですが、その銃の用途は私を含め誰も知りません。デスビスノスも知らなかったと思います。必要なら差し上げますから、お持ち下さい」
そう言いながらメラニートが指差した先には、鍾乳石のかけらのような小さな石がある。
「これが黄色いクリムゾンか、しかし小さいな。ちょっと武器としては物足りない。念のために持って帰ることにしよう。とにかく、引き続き越前康介を探すことにする。いろいろと教えてくれてありがとう」


□1995年11月14日 0時00分 エコール社内

二人が会社に到着したのは、すでに深夜0時を回っている。
「あの、メラニートの話って信用出来ると思いますか」
「一番解らないのは、あのメラニートって人、いや霊体の存在そのものだ。一体メラニートって何者なんだ」
「もしかしたら、わけの解らないことを言って人間をたぶらかすお化けの一種かもしれません」
「ただ、デスビスノスの仕業と思われる例の、有名ゲームプロデューサー惨殺事件を考えると、言ってることは信じざるを得ないな」
「そういえば、蒼い銃は人間の精神を支配下に置き、自分の意思を植えつけることが出来るとか言ってたな。そもそも最初、俺がサワダ課長を、サワダ課長が俺を撃ったから、メラニートの意思が植えつけられたわけで、現在の蒼い銃の所有者は我々だから、我々の意思を蒼い銃を使って伝えることが出来るかもしれない」
「あ、それグッドアイディアです。要するにゲーム業界に影響力を持つ人を蒼い銃で撃って、我々の意思。すなわち越前を探し出すためにデスクリムゾンを大ヒットさせる意思を植えつければ、上手く行くかもしれません」
「そうだな、関係者を教化して回る、それはいい考えだ」
「黄色い銃は使わなくていいでしょうか」
「あれは、もうひとつ用途不明、メラニートも知らないと言っていたし、そっと会社に置いていこう。そうと決まったら、今日はさっさと家に帰って寝よう。明日の朝から東京に行って、関係者を教化して回ろう」