第7章 エコール崩壊する
□1995年8月9日 17時00分 エコール社内
「プルルルル、プルルルル―――」
「朝からひっきりなしですね電話が。回線がパンク状態です」
「3人がかりでずっと対応しているんですけど、電話が終わったらすぐまたかかって来ると言う、まさに入れ食い状態で全く解決のめどが立ちません」
「入れ食いって日本語、こう言う場合に使うんだっけ」赤阪専務がツッコミを入れる。
「言われてみれば、多少不適切な表現ですね。そういえば、そんなクレームも結構あります。なんでも取り説の意味が解らんとか、日本語として不適切だとか」
「やっぱり矢野主任が原稿書いただけあるよねぇ、日ごろから日本語おかしいしぃ」
「取り説の原稿を書いたのは僕じゃありません、マナベ社長です」
「マナベ社長の日本語も普段からおかしいからぁ、それが社内に伝染して、矢野主任の日本語がおかしくなり、それが取り説まで影響が及び、結果としてクレームの電話がかかって来ると言う、まさに負の連鎖が起こっているわけねぇ」
「クレームの電話の対応はどうだ」やつれて無精ひげがのびたマナベが声を掛ける。
「見ての通り、ひっきりなしに電話がかかっている状況です」
「まさに入れ食い状態と言うわけだな。内容としてはどのようなものが多い」
「やっぱり入れ食いって言いましたよ」小声で矢野主任が赤阪に言う。
「分類しますと、画面が汚い、すぐ死んでしまうけど調整がおかしい、どうしてムササビを撃ったらライフが減るんだ、といったゲームの内容から、エコールロゴの画面が怖くて子供が泣き出したとか、音楽を聞いていたら気持ち悪くなったとかの表現上の問題、さらには、白い縦じまが出たとか、急に敵が緑色になったとか」
「確かに、そう言う部分は見受けられるが」
「とつぜん、地面から敵が生えてくるのはおかしいとか、敵だと思って撃ったら急に民間人になったとか、ゲームの設計上の部分もあります」
「主役の名前にもクレームが来ています。コードネームがコンバット越前となっているけど、本名も越前だから、コードネームに本名を入れるのはおかしいんじゃないかと言う論旨です」
「まあ、いいじゃないか、それくらい」そう言うマナベの声にもいつもの元気さがない。
「矢野主任、郵便局の人がこれを持ってきました」そう言いながら両手に抱えきれないくらいのアンケートはがきが届く。
「なんでも、あまりに多すぎてポストに入らなかったとか言ってました」
「死ね、エコールに天誅を、発売するな、騙された、金返せ、社長が出て来て謝れ」
読み上げながら社員の顔が青ざめる。
「こんなはがきもあります。こんなクソゲーを作っている会社に興味があります、今晩見学に行っていいですか」
「いいわけないだろう、うちは観光名所じゃない」
「開発者のサイン下さい、こんなゲームを買ってしまった一生の汚点の記念にします」
「もういい、読まなくて」マナベが叫んだ。
「社長、もう限界です。一日中クレームの電話を受けていたら頭がおかしくなりそうです。今日は帰っていいですか」そう言いながら若い社員が声を掛ける。
「ちょっと待て、その大きな荷物はなんだ、早退するだけならそんな大きな荷物はいらないだろう」
「念のために、いちおう私物を持って帰ります。明日から出社出来ないかもしれませんので、では失礼します」そう言いながらそそくさと帰る社員。
「おい、待て、待ってくれ、矢野主任、なんとか連れ戻してくれ」
「はい、解りました。連れ戻しに行ってきます」
「矢野主任、連れ戻しに行くのは解るが、その大きな荷物はなんだ」
「すみません、社長。見逃して下さい。社長の葬式には必ず出席しますので、探さないで下さい」そう言いながら、矢野主任が出て行った。
「おはようございます、何か事件ですか」サワダ課長が眠そうな顔を出す。
「事件どころじゃないんだ、大変なことが起きた、社員がみんないなくなった」
がらんとした室内を見渡しながらマナベが言う。
「そういえば、誰もいませんね。みんな昼食ですか」
「サワダ課長は気楽でいいな。要するにデスクリムゾンの呪いで社員がみんないなくなったんだ」
「それはそうと、なんか、電話うるさいですね。ひっきりなしに鳴って」そう言いながらサワダは壁の電話線をハサミでちょん切った。
「確かに静かになった。ついでに玄関の呼び鈴も切っておこう」
マナベが呼び鈴を切る。続いて扉に本日臨時休業の張り紙を貼った。
「少し、落ち着いてきたな。だが、サワダ課長は冷静だな。この現実を見ても特に動揺していないようだが」
「セガに念書を書いた時点で、ある程度は予想していましたから。いきなり社員が全員いなくなるとは予想しませんでしたが、ある程度のトラブルは覚悟していました」
「そうか、俺は全然覚悟していなかったぞ。全く寝耳に水だ」
「それはそうと、これでは越前のあぶり出しは難しいですね。当初の計画ではゲームが大ヒットしてそれに触発されて越前が我々になんらかのアクションを起こして来る、その瞬間を逃さず越前を捕まえる計画でしたが」
「そうだな、これでは越前は我々が怒りが最高潮に達したファンによって殺されるのを待っているだけでよくなったわけだし、越前の手がかりを探す方法は無くなったわけだ」
「もしかすると、デスビスノスは我々を殺しに来る件を忘れてしまったかもしれませんよ。言うのもなんですが、あれはもう半年以上前の話しだし、宇宙生物の記憶力はそんなによくないかもしれません」
「いいことを言うなサワダ課長。しょせん宇宙生物。もしかしたら三歩歩いたら全部忘れてしまう、ニワトリ型の生物かもしれん。トットットッ、コケみたいな感じでな」
「そう言うことにしておきましょう、実際予告された期限はまだ4ヶ月も先のことですし、4ヵ月後に考えましょう。それより、ゲーム開発機材もそろったことですし、ゲームでも作りましょうか。今度作る時は前より技術力も上がっているからもっといいものが出来るはずです」開発になると極めて前向きな発言のサワダ。
「実はですね、マスターを提出してから暇だったのでパズルゲームを作ったんですよ。本当はミニゲームとしてデスクリムゾンに入れようと思っていたんですが」
「どれどれ、そんなものを作っていたのか」
「これが結構面白いんですよ。3次元空間に浮かんだブロックを、ブロックの上にのったキャラクターを操作してちょこちょこと消して行くミニゲームです」
「モモンガのちょこぱにっく、みたいな名前が似合いそうだな」
「モモンガはだめです。例のぴらぴらの生物はムササビで名称統一と言うことですから、名前にはムササビを使って下さい」
「ムサピィのみらくるデス魔宮」
「なかなかいいんじゃないですか、じゃあせっかくだから、携帯ゲーム機に移植しましょうか、これからは絶対携帯ゲーム機の時代が来ると思いますよ」
そう言いながら、さっそくプログラムを始めるサワダ。その傍でずっとパズルゲームをプレイするマナベ。
□1995年9月9日 13時00分 エコール社内
「エコールソフトウェア、ワ、コチラ、デッカ」
いきなり、黒服のフランス人がエコールの事務所を訪問する。
「臨時休業の札が張ってあるはずだが、一体何の御用でしょうか」
「私はフランスのゲーム会社、プレイニート社のエージェントです。用件を手短にお話しますと、セガが近いうちに発売する、せがた三四郎のゲームをモチーフにした同種のゲームを開発していただきたいのです」
ゲーム開発の仕事をいきなり持って来るフランスの会社に不信感を抱くマナベ。
「しかし、どうしてエコールにその仕事を依頼してきたのかが解りません」
「それはですね、開発費をあまりかけたくないと言う前提で、デスクリムゾンを作ったエコール社なら他のゲーム会社からの仕事が来ることもないでしょうし、安い値段で制作作業を引き受けてくれるのではないかと期待しているからです」
「あまり嬉しくない期待ですな。まあ、デスクリムゾンの開発以来、仕事がなく暇なのも事実ですので、引き受けても結構ですよ」
「そうですか、ありがとうございます。では、これが仕様書です。3ヵ月後にまた完成ROMを取りに来ますので、それまでに開発を完了させて下さい。ギャラはその時にROMと交換でお支払いいたします」
「解りました、やっときます」
「この企画書だが、セガが開発中のせがた三四郎のミニゲームのパクリゲームですね。名前も、背肩三四五六、かなりいかがわしい名前ですね。まあ、エコールはデベロッパーとして制作を行うだけですからいいんですけどね」
「しかし、このエコールに仕事を頼む会社が現れるなんて、ゲーム業界もなかなか不思議なところですね。まあそこそこの収入になりそうですし、デスクリムゾンで得た技術力を駆使して、ささっと制作してしまいましょう。
□1995年11月12日 21時00分 エコール社内
「どうした、サワダ課長、激しくうなされていたぞ」
会社でうなされているサワダ課長を起こそうとするが、全然力が入らないマナベ。
「体が自由に動かない、一体何が起きたんだ」
「ダニー、グレッグ、ついにお別れの時が来たようだ。クリムゾンは完全に俺と同化した。それを知っているのはお前たち、ダニーとグレッグの二人だけだ。邪魔なものは消さねばならん。いや、忘れていたが、もう一人、ゲームクリエーターの英野、こいつもうすうすクリムゾンの秘密に気がついている。お前たち3人を抹殺する準備は出来た。あとは実行に移すのみ」
「越前、俺たちは仲間じゃないか。どうして俺とグレッグを殺す必要がある、考え直せ」
「これは宇宙の意思だ。宇宙の意思は友情より重視されるべき。残念だがあきらめてくれ」
「いやだー、あきらめないぞ、あきらめたくない」
「社長、起きて下さい。大丈夫ですか」
「ぐおおお、苦しい―――と思ったら、いまは苦しくないが、サワダ課長は元気なのか」
「いや、いま英野氏をふくめ、我々3人を殺す警告を夢で受けたところです。社長もきっとそれでうなされていたんでしょう。いよいよ、最期の時が近づいて来ているのを感じます」
「いや、まだデスビスノスがトリ型生物である可能性も残っている。希望を捨てないようにしよう」そう言いながらテレビをつけるマナベ。
「ニュースをお伝えいたします。本日20時頃、秋葉原にて、男性の変死体が発見されました。顔は銃で撃たれたため、ほとんど原型をとどめないほど損傷しており、体中にも激しい拷問を受けたと思われる傷がたくさん見られました。所持品から、有名ゲームプロデューサーの英野源爾さん30歳と判明いたしました」
「こりゃだめだな」
「そうです、こりゃだめです」
「もう逃げられんな」
「きっと逃げられないと思います」
「拷問を受けて惨殺されるのはいやだな」
「拷問を受けるとすごく痛いでしょう」
「やられる前にやりかえすか」
「きっとやりかえす前にやられると思います」
「デスクリムゾンが評価されなかった時点で、我々の命運は尽きたようだ」
「残念ですが、そのようです」
「急に眠くなってきたんだが―――」
「僕も眠くなってきました。もうだめです―――」