第6章 出来たゲームはクソゲーだ
□1995年7月13日 17時00分 エコール社内
「社長、セガからお電話です」赤阪専務の明るい声が社内に響く。マナベが電話をとると、相手は担当の稲本であった。
「言いにくい話ですが、デスクリムゾンのマスターについて、深刻な問題が発生しております。本来は電話で話しする内容ではないのですが、発売日も近づいておりますし、急を要する話ですので」
「と言いますと、一体どのような問題が起きているのでしょう」
「結論から申し上げますと、提出いただいたマスターROMは、クオリティに関してセガのリリース基準を満たしておりません。具体的には、頻発するフリーズ、プレイを始めて20秒で全滅する難易度調整。グラフィックも描き込みが足りずクオリティが足りません」
「おかしいですね、結構作ったものには自信を持って提出したんですけど。まずゲームとしてプレイした感触が面白いし、設定も独創的だし、主役のキャラも立っていると思うんですけど」
「主役のキャラが立っていると言うのは、この好きな食べ物焼きビーフンと言うところでしょうか、他にも女性の扱いは苦手、確かに、奇抜ではありますが、ゲーム本編とはなんら関係がないように見えますが。そもそも、このコンバット越前と言う主役の名前もいかがなものかと思いますが」
「主役の名前に関しては、なかなかグッドなネーミングだと思います。一度聞いたら忘れないでしょう。コンバットの軽妙な感じと“えちずぅえーん”と言う濃厚な感じが絶妙にミックスされていい味を出していると思うんですが」
「名前については、よく考えた上の決定でしたら仕方がありません。もしかして、思いつきで適当に投げやりに決めたのかと思いまして確認しただけです。では、この好きな食べ物焼きビーフンと言うのも同じようによく検討した結果なんですね」
「もちろんそうです、焼きビーフンは私の好物ですが、魂の食べ物とでも言いましょうか、美味すぎず不味すぎず、安い素材を集めても奥深い味が出せると。エコール設立の理念にも通ずる最高の食べ物なので、あえてここに投入しました。でもカレー味はダメですけどね。コンソメで味をつけてもらわないと」
「それも解りました。焼きビーフンはコンソメ味なのも解りました」稲本が不愉快そうに話を続けた。
「設定に関しては理由があるのは百歩譲って認めるとして、通常のゲームにはあるダメージ後の無敵時間とか、複数のダメージを食らった時に持ち越さないとか言う基本的なところが対応されてないのですがこれはいかがですか」
「無敵時間は男らしくないので入れてません。大体想像してみて下さい。実際の戦場で傭兵として戦っている瞬間に、一発ダメージを食らったと言って敵が手加減してくれますか。私が作っているのはリアルな戦闘をイメージした遊びではない、やるかやられるかの緊張感をかもし出したゲームです。だから、無敵時間と言うような軟弱なものは入っていません」
「さらに付け加えると、難易度設定も男らしくないので入れてません。結果としてオプション画面がステレオとモノラルの切り替えだけで寂しくなりましたが、人間EASYモードとかつけると、戦う前から自分に負けてしまうでしょう。男なら、ベリーハードモードあるのみ、選ばれた傭兵の候補たる男だけが、このゲームのエンディングを見る資格がある、軟弱な男たちは去れ。こんな思いでゲームを作っております」
「部長、すみません。いまエコールの社長と話をしているんですが、全く常識が通じないと言うか、間違った考えで凝り固まっているか、理由は解りませんが、全く会話が成立しません。結論から言いますと、どうやらエコール社はデスクリムゾンをこのままのクオリティでリリースしたいと考えているようです」途方にくれた稲本が青山部長に話をした。見かねた籠田課長が電話を変わる。
「セガの籠田です。始めまして。デスクリムゾンと言うタイトルですけど、もしこのままリリースすると、クソゲーとしてユーザーの間に評価が広まってしまい、エコール社は二度とゲームが発売出来なくなると思いますが、それでよろしいのですか」
「ぐぐぐ、なぜか全く理解出来ませんが、要するにこのままではクソゲーのレッテルを貼られて今後困ったことになると言うわけですね」この部分はマナベも理解したようだ。
「悪いことは言いません、あと3ヶ月とか6ヶ月とか時間をかけて、完成度を上げて行った方がいいと思いますよ。不自然なフリーズをとり、またゲームの常識の部分も加味して、バランスも初心者の人が楽しく遊べるように調整し、そもそもあの敵か味方か解らないペラペラのムササビもなんらかの表示をすべきです。一連の調整をじっくり行い、それからリリースしても遅くないでしょう」
「それでは、ダメなんです。デスビスノスが私とサワダを殺しに来ますから間に合いません。8月9日発売のスケジュールを延ばすと、メラニートの警告から1年以上たってしまうので、絶対に間に合わなくなります」
「それは、ゲームのなかの設定の話でしょう。そう言う話じゃなくて私はユーザーのためにもきっちりと調整してリリースすべきだと言う話をしているんです」
「それも解りますが、とにかく、発売日を遅らせることは出来ないんです、それがメラニートとの約束ですから。お願いします。このままリリースさせて下さい」
声を振り絞って電話口に頭を下げるマナベ。
「エコールが、わけの解らない理由をつけて、このまま発売を強行しようとしていますが、どうします、青山部長。直接話されますか」
「セガの立場はあくまでハードメーカー、サードパーティが自社ブランドでリリースするものについては、最終的にはメーカーの判断が優先される。それに、暴力表現とか性的表現とか、基準を満たしているんだろう。ならば、メーカーが強行すると言うなら仕方がなかろう。くれぐれもメーカーが全責任を取ることで社内を調整してみよう」
「どうしても、このままリリースしたいと言うなら、エコールが全責任をとると言うことで、進めます。しかし、ほんとにどうなっても知りませんよ。こんな話は前代未聞だ。クソゲーと解っていてリリースするなんて。ぶつぶつ」稲本がマナベにそう通告した。
「ありがとうございます。感謝します」
セガ社内では―――
「これでエコール社は終わったな。次回作は無いだろう。こうして一定レベルに達しないゲーム会社は淘汰される」青山部長が稲本に呟く。
エコール社内では―――
「みんな喜べ、セガが発売を認めてくれたぞ、これからもゲーム会社でバシバシ作品を作って行くぞ。これでエコールは100年安泰だ」マナベが勢いよく叫ぶ。
「矢野主任、このゲーム実際のところってどうなのぉ、社長は面白いって言ってるけど、ゲームに詳しい矢野君の目から見るとイマイチなんじゃない」赤阪専務が小声で矢野主任に尋ねた。
「ゲームとしては論外ですね。一言で言えば規格外、面白いか面白くないかと言うと、面白くないこともないが、わざわざこのゲームをやる必然性が見当たりません」
「そうなんだ、でも、なぜ社長は面白いって言ってると思う」
「何か、祟りかなんかで面白いといわざるを得ないんじゃないですか。ゲーム作り出してから、社長はなんか目付きが悪いし、サワダ課長は妖気が漂っているし、今までの社長とは別人みたいです」
「そうね、ゲーム作り出してからずっと会社に泊まっているし、外部との係わり合いも極端に少なくなって、客観的にものを見れなくなっているわねぇ」
「そう言う赤阪専務も長い間家に帰ってないんじゃないですか、もしかして風呂とか全然入ってなかったりして」
「それは心配しなくても大丈夫、この会社にはどう言うわけかもともとシャワーがついているし、3日泊まって1日家に帰ると言うサイクルだからその時に洗濯して着替え用意して来てるから」
「それって、3勤1休ってやつですね。24時間操業の工場なんかでよくやられている、典型的な肉体労働パターンの勤務体系ですね」
「違うわよ、3勤1休と言うのは3日働いて1日休むってことでしょう。ここの3勤1休は、3日働いて4日目は働いたあと、夜中に家に帰って寝てから翌朝定時に来るってことだから、大分違うんですけどぉ」赤阪が不満そうに言う。
「でも、がっぷ獅子丸先生の本によると、ゲーム会社では正月が遅めに出勤していい日くらいの意味で、それ以外はずっと会社にいるのがデフォみたいですよ」
「デフォってなに」
「デフォルトの略です。標準的って意味」
「むやみに略さないでくれる、聞いてて不愉快」
「すみません、要するに、長時間労働は当たり前の世界と言うことは間違いなさそうです」
「でも、矢野主任はそう言う生活嫌じゃないのぉ」
「結構好きです、こう言う生活。仕事と思うから早く帰ろうと思うわけで、会社で遊んでると思うと、家で遊ぶのも会社で遊ぶのも同じだから、じゃあ会社で遊ぼうって気分になります」
「妙に自信ある発言ねぇ」
「それ以外にも、会社にいると家の電気代が安くなるし、エアコンも効いてるし、食事は会社備品のラーメンとか食べていると全くお金使わないし、スーツも買わなくていいし、電話もかかってこないし、結構快適ですよ」
「そういえば、今日は水曜日ですね。ファミ通の発売日です。クロスレビュー楽しみですね。8点以上がつくことはないとは思いますが、5点とかついたら嫌だな、まあ希望的に考えて6点てところでしょうか」
「ファミ通の評価って重要なのぉ、あの本って語尾が、なんとかダァーとか、するゾーとか、いかにも小学生の低学年向けって感じの雑誌なんであんまり見たことなかったんだけどぉ」
「あれは、編集方針でそう言う表現になっているだけで、内容は大人が読んでも問題ありません。駅のキオスクで売っているくらいですから、相当メジャーな雑誌ですしレビューもゲームを買う時の参考にしている人が多いって話ですよ」
「矢野主任、ファミ通買ってきました」
「ご苦労、なんだか顔色が悪いがどうした」
「いえ、その、クロスレビュー見てたら気持ち悪くなって―――」
「矢野主任、デスクリムゾンのレビュー、2点とかついてるけどこれって点が少ない方が良いんだっけ」ファミ通を見ていた赤阪専務が暢気な声で聞く。
「違います、10点が最高で、1点が最低、でもこれまで3点以下がついたのは読み始めて以来見たことがありません。3点以下はつけない暗黙のルールがありますから。天龍だって間違ってスタンハンセンを失神させてしまった時は、フォールに行かずにリングの上をぐるぐる回りながら時間調整してたでしょう。それと同じように業界には暗黙のルールって言うものがあるんですから」錯乱してプロレスネタを思わず言ってしまう矢野主任。
「オェー、ゲロゲロ」トイレから、お使いに行った社員が嘔吐する声が聞こえた。
「ゲームに点数をつけると言う行為に限界を感じた」
「ゲーム史に残る最大の汚点として永遠に語り継がれるであろう」
矢野がファミ通の記事を読み上げながら声が段々と悲鳴に近くなって行く。
「赤阪専務、これは最初に評価用ROMをファミ通に持ち込まないでサターンマガジンに持ち込んだからファミ通が怒ったんですよ。最初に持ち込んだサターンマガジンはきっと普通に評価しているはずです」
「矢野主任、サターンマガジンの方がもっと酷いこと書いてます」
「これマジで出すんですか?」
「3点以下付けてはいけないんですが1点付けていいですか?」
「さっさとバーチャガン置いて家に帰りました」
「これはひどい―――」赤阪専務が絶句する
「どうやら、レビュー史上最低記録を更新したみたいです。確かに厳しいとは予想していましたが、ここまで酷い評価とは―――社長に報告しましょう」
「おっ、ファミ通じゃないか。どうだ、デスクリムゾンの評価は、まさか10点とかついてないよな」能天気な顔でマナベが入って来た。
「見ない方がいいわよ、風水的に今後に悪影響が出るからぁ」ひきつった声で赤阪がマナベに言う。
「そうか、君たちがそう言うなら、見ないことにしよう。予想以上にいい点がついているのを見て慢心したらいけないからな。いまセガからプレス開始の連絡が来た。念書みたいなものを書いたら、あっさりとセガはOKしてくれたよ。あとは発売日を待つだけだな。おおっといかん、もうすぐラジオ体操の時間だ。作務衣に着替えないとスーツだとラジオ体操に差し支えるからな」マナベが部屋を出て行った。
「赤阪専務、社長にはどうやって伝えます」矢野が恐る恐る尋ねた。
「まあ、いいんじゃない、知らぬが仏、当たるも八卦当たらぬも八卦、風水的には2008年までは大丈夫なんだから、何とかなるんじゃない」
「それを聞いて安心しました。でも、一応念のために、ビーイングでも買っておきます」
「矢野君だったらガテンの方がいいんじゃなぃ」
「両方買っときます。ついでに赤阪専務の分のとらばーゆも買っときましょうか」
「そうね、せっかくだから買って来てもらおうかなぁ」